第9話 ロミオ&ジュリエット


「おおロミオ。あなたはなぜ、ロミオなの?」


「ジュリエット……君をこの手に抱きたい!」


本日の美咲は一週間後に控えた文化祭のリハーサルを親友の山本瞳と眺めていた。


「すごい気合いだね。演劇部の女子の演技は」


呆れた私に親友は応えた。


「みんなジュリエットがしたくて演劇部に入ったみたいだよ」


「ロミオはモテルからね」


イタリア人の父を持つ彼は、抜群なスタイルと甘いマスク。その優しい性格とサッカーのGPという成績以外の魅力を全て持っていた。


「で。瞳は何の担当なの?」


高校生ながら声優をしてる瞳は台本をひらひらさせた。


「ナレーションよ。私、仕事で学校を休んでばかりいるからさ。こういう時くらい活躍しないと単位が危ないしね」


「そうか。でも瞳の声が聞けるのは楽しみだな!」



そんな瞳はまだここで見ているというので、美咲は生徒会室に移動した。


「演劇部見て来ました!あれ……誰もいない?なんだ、尚人か」


「……なんだとはなんだよ。どうだった?ロミオは」


美咲は生徒会の書記。尚人は副会長をしておりここで用意をしていたのだった。


「さすがに幼稚園時代からこの役をやってきたから、今回は凄味というかベテランの域に入ったね」


「本当は嫌だと思うけど。名前のせいで今まで全部この役だもんな。でもこれで卒業だしな」


そういって尚人は椅子をクルリと回し遊び始めた。


「そうかな。ロミオには言えないけど。大学や会社に入っても、この役はやらされると思わない?宴会とか結婚式の余興とか」


すると尚人は椅子の回転を止め、背もたれを思いっきり倒し、伸びをした。


「気の毒だから考えるの止めようか。……それよりもチケットはどうだ?」


ロミオが出演する劇の入場料の一部はサッカー部の利益になるので尚人はこれを気にしていたのだった。


「まだ半分売れ残っているから……これは透さんに言った方が良いよね」


すると尚人はそっと身体を起こした。


「……ところでさ、お前。いつ入るのサッカー部」


「またその話し?だから今の三年生が卒業したら入るって約束でしょう」


「本当にいいの。それで?」


生徒会室の扇風機がブーンと回る音が聞こえてきた。


「だって。そうする以外ないじゃないの」


「……みんな口にしないけど、最後は一緒にプレイしたいって思っているぞ。たぶん」


美咲はそっと窓の外を眺めた。いつも水やりをしている花壇が目に入った。


「でも……兄貴や他の人を傷付けるのが嫌だもん」


「お前が一番傷付いているくせに。それを見ているこっちも結構辛いって知ってた?」


「尚人……」


彼はパソコンに向かった。


「これから夏休みだろう?夏合宿とか、イベントがいっぱいあるみたいだし。美咲もボランティアとか何とか理由つけて、僕達に協力しろよ」


「ボランティア、か」


「お前が考えているよりも三年生と一緒にサッカーできる時間は、もうあんまりないよ。だから真剣に考えてよ」


「……わかった。じゃあこのチケット透さんに渡してくるね」


重い雰囲気のドアを開けて、美咲は廊下を進んだ。





「あ。透さん!」


ステージ裏で大道具係りをしていた透は、頭にタオルを巻きジャージ姿で金づちを振るっていた。


「おう!どうした美咲?」


大工さんのような威勢の良い挨拶に美咲がにっこりと笑った。


「サッカー部が販売しないといけないチケットがこんなに残っているんですけど、どうしましょうか」


「へえ?どれくらい」


ここでステージにいたロミオがひょこっと顔を出した。


「んー。結構残っているね。美咲、僕に貸して。ねえ君?」


「わ、私ですか?」


ロミオは観客席にいた女子生徒に微笑んだ。


「このチケット……こんなに残っているんだ。よかったら、売ってくれないかな?」


「ロミオ先輩が私に?はい!やらせてもらいます!」


「一人じゃ大変だから、右の君も、左の君、ああ、二階席の君の頼むよ」


ロミオの微笑みに顔を真っ赤に染めた女子は、大量のチケットを持って行った。


これを見ていた透がロミオのジャージを引いた。


「いいのか。ロミオ?頼んだりして」


「大丈夫だよ透。当日、劇の始まる前に僕も一緒に売るから心配しないで。それよりもさ、美咲?」


ロミオがふわと美咲の肩を抱いた。


「これ、見てよ。すごい事になってるんだよ?」


「ん」


彼の手中のスマホは、藤袴イケメンコンテストのツイッターの画面になっていた。


「美咲一押しの『フィールドの野生児』がさ。今の所一番人気みたいだよ」


「うそ?」


すると透も画面を覗き込んだ。


「『……陽司さんのステージたのしみ!……』。『やっと逢える❤……』。ってこれは一体どういうことだ?」


「……」


「これは他校の女子だね。美咲が送ったこの写真さ。実物よりもカッコいいしね。それに陽司は女の子には優しいしもんね。ん。美咲どうしたの?」


「……な、何でも無いよ?じゃあ私、先に帰るから」


なぜか胸がドキドキした彼女は、一人バス停までの道を歩いていた。



……さっきの尚人の話し。私だって本当はサッカー部に入ってみんなと優勝めざして頑張りたい……。でも私が入部すると他の人を傷つける可能性があるから、やっぱり入りたくない……



蝉のうるさい帰り道。目の前には生徒同志が仲良く話しながら歩いていた。


……陽司さんも彼女を作るのかな?そんな事……考えた事も無いけど。


この前、他校の美人女子マネージャーに告白されていた彼は見た目は怖そうだけど、一番繊細で頭の良い男だ。


……でも、もしも本当に彼女ができたら、私は邪魔しないようにしないといけないよね。あのわがままな陽司さんと交際してくれる女の子なんか貴重だもの。私は応援してあげないと。はああ……でもどうして溜息が出るのかな。



目の前のカップルと一緒にバスに乗り込んだ美咲は、ずっと窓の外を見ていた。



翌日の昼休み。


美咲が花壇の水やりをしている時に、透がやって来た。彼はプリントを手にしていた。


「美咲!実は百田監督から相談があって。文化祭で焼きそばをやる予定だった二年A組が、担当の事でもめにもめてキャンセルするそうなんだ。せっかく器具はそろっているのでサッカー部で焼きそばを販売して、部費を稼いだらどうかというんだ」


「女子マネさん達は?」


すると透は首を横に振った。


「自分達のクラスの手伝いで忙しいから無理と言われた」


「……そうですか」


……私は部外者だけど。尚人がボランティアで良いから手伝えって言ってたな。確かに透さんは困っているし。


「優作と晴彦が良いっていうならいいですよ。暇だし」


「良かった!……二人は美咲が良いっていうならやると言っていたんだ。ああ助かった」


額の汗を拭う透はサッカー以外の気苦労が絶えない様子なので、美咲は彼が気の毒になった。



そして今後は焼きそばコンビと打ち合わせる話しをして美咲と透は教室へ戻った。


そして夜の真田家に彼らがやって来た。



「……しかし。こんなにすぐにまた焼きそばをやるとは思わなかったぜ」


今夜のメニューのマーボー豆腐をスプーンで食べながら優作は嬉しそうにつぶやいた。


「それだけ世の中が僕達を待ち望んでいるんだよ」


そういって晴彦は優作の脇を肘で突いた。


「おい美咲。このマーボーは全然辛くないぞ?」


「……だって今夜は優作と晴彦に合わせたから。陽司さんは自分でラー油を掛けてよ」


陽司は美咲のじっと見ながら面倒くさそうにラー油を掛けた。そんな陽司にロミオは陽気に微笑んだ。


「僕にはちょうどいいけどな。美咲。卵スープおかわり!」


ロミオの声に全員反応したので、美咲は全員の器を回収してスープを注いだ。


「ところで。予算の話だが。二年A組がすでに麺を発注してしまったのでそれを使用して欲しいそうだ。美咲の馴染みの麺屋さんよりは高めの値段かもしれないが、売り上げはそっくりサッカー部の予算になる事になった」


「……透さん。その発注書。見せて」


彼から受け取りこれをじっくり読んでいる美咲に透は心配になった。


「何かあったか」


「いえ。これはもっと注文数を増やして、値引きしてもらいますからご安心ください」


「値引き?」


すると翼が口の周りを紅くして言った。


「透。心配するな。全部美咲に任せておけば世界は平和なんだぞ」


「優作。晴彦。ハードな文化祭になるけど良いの?私なんかと焼きそばをやるよりも、その……他にやりたい事や、誘いたい女の子とかいるんじゃないの?」


すると二人はバシとスプーンをテーブルに置いた。


「おい美咲。バカにするなよ?俺の心の鉄板はもう熱く燃えているんだぜ!」


「そうだよ!他の女の子と焼きそばを作るなんて。僕考えた事もないよ。僕達三人の力を混ぜて混ぜて焼き尽そうよ!」


「……ごめん、優作、晴彦……。私、間違っていた。私達三人の友情はそんなものじゃなかったよね」



感動して彼らの背後に立つ美咲を、優作と晴彦はじっと見つめた。


「もう迷わない。私の初めての文化祭。初めての高一の夏、二人に……預ける!」

 

美咲は並んで座っている二人の肩を背後からガバと抱いた。チーム藤袴焼きそば。再結成の瞬間だった。


その時、陽司が美咲にお絞りを飛ばしてきた。


「ばかやろう!そんなに簡単に自分を預けるな!」


「そうだよ美咲。預けるなら僕にして?」


ロミオは口を尖らせた。そんな二人に美咲は冷たく言い放った。


「そんな事言ったって。陽司さんはイケメンコンテストだし。ロミオは劇でしょう?だから私は焼きそばでお世話になるから。ね?」


おう!という返事をした三人はガシ!と肩を組んだ。


そんな焼きそば班を見て、陽司とロミオは腕を組んで眉間に皺を寄せていたのだった。


つづく 


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