第10話

 運ばれて来た水を飲んで一息付いてから、店員さんに黒毛和牛一〇〇%のハンバーグステーキをコースで二つ頼む。


 しばらくしてオードブルサラダとスープが運ばれて来た。





「うわぁ、すっごい! これ、本当に食べて良いの、お兄ちゃん?」


「ああ、背が伸びる様にイッパイ食って栄養分を補給しろよ?」


「わぁ~い! じゃあ、いただきま~す!」





 ミクルちゃんが意気込んでサラダに手を付けようとする。


 しかし、じょうかいを続けているために、片手がふさがっているために、もう片方の手だけで補給ほきゅう活動かつどうを処理しようとする所為せいで上手く目標を捕らえられない様子だ。





「ありゃ? う~ん…。 とりゃ! あぅぅ…。」


 つたな得物えものさばかた所為せいで、目標を上手くとらえられないどころか皿が動き出す始末。



 じょう解中かいちゅうの手の位置的に利き手の方がふさがっているのが一番の敗因はいいんだろう。





 仕方ない、此処ここは助け舟を出すか。


「ミクル、オレが口に料理を運んでやるから、アーンしてろ。心配しなくても熱いのはフーフーしてやるから、火傷させたりはしないからさ。」


「え…でも…それってちょっと恥ずかしいよ…。」


「ミクルの片手がふさがっているのはオレの所為せいなんだから、オレが自分の不出来ふでき尻拭しりぬぐいをしないと帳尻ちょうじりが合わないんだ。是非ぜひやらせて欲しい。役得やくとくだと思ってまかせてくれよ。」


「う~ん…じゃあ、お願いね、お兄ちゃん。」


「よし、キッチリまかされたぞ。」





 手始めにサラダを口に運んでやる。


 口内こうないに入って来たフォークから料理をミクルちゃんがくわえて取ったのを見て得物えものを引き抜く。


 もきゅもきゅと、ハムスターの様に、ほっぺをふくらませて幸せそうにめる姿を見て、自分の方が役得だなコリャと思ってしまう。





 続けてスープ。


 これは流石に熱いので、言った通りにフーフーしてミクルちゃんの口に運んでやる。


 ツルンと飲み込んでニコニコ笑顔で此方こちらを見て、親鳥のつかまえたエサを求める雛鳥ひなどりの様に、またアーンと口を開く。





 やべぇ! 本気で可愛いぞ、この


 この小動物しょうどうぶつ仕種しぐさに気分が高揚こうようして嬉々ききとしてしばし補給を手伝い続ける。





 何度目かの皿とミクルちゃんの口とのあいだの往復をこなしているうちに、店内のざわつく雰囲気を感じた。


 少し周りを見回すと、店内のおとこ連中れんちゅうが少々殺気立ったようふうに、この補給ほきゅう作業さぎょうを見ているのに気付く。





 電波でんぱさえければミクルちゃんは、子役タレントとかしていてもオカシクいクラスだもんなぁ。


 よくよく考えればオレがこのとこうしているのは、ある種のファンタジーと言えるくらいの奇跡かもしれない。





 客観的に考えて釣り合いの取れているカップルだとは自分でも思えないが、ギュッとオレの腕を抱きながら嬉しそうに口を開けて補給ほきゅう物資ぶっしを求める姿は、仲睦なかむつまじい関係にしか見えないワケで…。





 周囲の野郎共やろうども羨望せんぼう眼差まなざしにほのかな優越感ゆうえつかんを感じて、ちょっとイジワルをしてみたくなった。





 オードブルが片付かたづいて、本命のハンバーグステーキが置かれたところで、ミクルちゃんの目はランランと輝く。


『早く、早く!』と言わんばかりに、口を開けてハンバーグの投下を待っている。





 一口サイズに切ったハンバーグをフォークにし、さっきまでとおなようにフーフーして熱を取ってからミクルちゃんの口元くちもとに運び、直前ちょくぜん方向ほうこう転換てんかんして自分の口に運び、唖然あぜんとしている目の前で美味おいしくいただいてみる。





「う~む、美味びみ美味びみ。やっぱし黒毛和牛一〇〇%ってのは美味うまいもんだなぁ。」


「うわぁッ⁉ ミクルのハンバーグがぁッ⁉」


「ハハハ、ミクルがあんまりにも無防備にくちけて待っているから、ちょっとイジワルしたくなってね。あ~でも、これ本気で美味うまいからオレがひとめしちゃおうかなぁ?」


「うわ~ん! ダメだよ! ミクルもハンバーグ食べたいよぉッ‼」





 おあずけどころか扶持ぶちくなると聞いてミクルちゃんは必死だ。


 流石さすが可哀想かわいそうだから、そろそろゆずってやるか。





「ウソだよ、ウソ。ちゃんとミクルにも食わせてやるから、もう一度アーンしてな。」


「うん。アーンするから絶対だよ?」





『ちゃんと運んでくれるかなぁ?』と、不安そうにしながら、再度アーンと口を開ける。


 今度こそ運んでやってフォークを引き抜く。


 美味おいしそうにモキュモキュとほおぶくろを動かして幸せそうに安堵あんどしているところで、さらにもう一つ用意していたイジワルという爆弾を投下してみることにする。





「いやぁ、これで間接キッスが成立したワケだ。ミクルの口に運んだフォークでオレが食って、またミクルの口に運んだからなぁ。間接キッスだけど、これはかなりディープだよね?」


「ゴホッ、ゴホッ!」



 ハハハ、おどろいてむせちゃっているよ。


 いやぁ、役得やくとく役得やくとく


 周りの野郎共やろうどもの視線もさらに強くなって来ていますな。





「ちょ…フォーク! フォークえてもらぅ~!」


「まぁまぁ、そんな慌てんなよ。それとも何か? そんなにオレと間接キッスになったのが嫌だったのか?」


「え…その…そんな嫌っていうワケじゃないけど…ただ…恥ずかしくて…。」





 周りからの視線しせんは、殺気立さっきだつどころか『視線しせん射殺いころす!』と言わんばかりに強くなる。


 このへんめとくか。一人で路地ろじうらとか歩いている時に知らない野郎に撲殺ぼくさつとかされたくないしな。





「仕方ない。新しいフォークをもらってやるよ。」


 店員さんに新しいフォークを用意してもらい、補給ほきゅう活動かつどうすみやかに再開された。


 ここに来て思う。やっぱしこの電波でんぱさえ封印しちゃえば最高だと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る