第4章 認めれんくて辛い
第24話 生きてますか!?
持っていた商品補充のダンボール箱が私の手から滑り落ちて、チョコのお菓子が床に散乱した。
けどそれを拾い集める余裕はなかった。足が床にひっついたみたいに体が動かんようになって、血の気が引いて全身にぞわっと寒気が走る。呼吸がうまくできん。言葉も、うまく出せん。
「刺された……って、どういうこと?」
やがておかあが訊ねた。
「詳しくは、ようわからん。けど救急搬送されて、かなり危ない状態やちいう話や。
雅子さん、良秀さんは誠司のおかあとおとうの名前。
「病院は? 遠いん?」
「県立の総合病院やちいう話じゃ。ここからやと車でも、二時間はかかる」
おかあは心配そうにして、それから私の方を見た。「真知……」呼ばれた声に反応することはできんかった。
誠司が、刺された……?
死ぬ……?
うそ……嘘じゃ、嘘じゃろ?
信じられんというより、信じたらあかん、そう思っていた。受け入れられん。だって、そんな、いきなりそんなこと言われても。
誠司。
誠司。
嘘や。
そして思考は止まって白くなって、なにも考えられんようになった。
気づいたら目の前に真剣な表情のおとうがいた。そしてそっと私の肩に触れると「真知」と呼ぶ。
「行こう。誠司くんとこ」
動かんくなっていた体をなんとか動かして、ゆっくりと頷いた。
おとうと二人の車内は、ほとんど会話をせんかった。どうせなにを話しかけられてもまともに答えられんかったと思うから、その方がありがたかった。
夕日はいつの間にか沈んで、窓から見える空は紫色から青色になっていくところやった。東か、わからんけど暗い方角に星がちらちらと見え始めよる。
長い二時間。よせばええのにどうしてもいろんな状況を考えてしまった。刺された、とは一体どういうことか。テレビでしか聞かんような物騒な言葉が、まさか身近な、それもあの誠司の身にに起こったことにひどく動揺していた。とにかくその身が無事なんかが気がかりで仕方ない。まさか、まさか──。
考えれば考えるほど思考は悪い方へと向いてしまう。こっちこそ生きた心地がせんかった。
そうして空が紺色から黒に変わろうという頃、ようやく車は広い駐車場に停車した。初めて来る、見知らぬ土地の大きな病院。所々が淡い緑色にデザインされた、なかなか古い雰囲気の総合病院やった。
自動ドアの入口から奥に進んで、同じトーンの淡い緑色をしたエレベーターで階を登っていく。はやる気持ちを抑えつつ、おとうと一緒にその廊下を進んだ。そうしてようやくたどり着いた病棟。角を曲がった廊下で誠司のおとうとちょうど鉢合わせた。
「来てくれたんか、真知ちゃんも……」
「……い、生きてますか!?」
やっと出せた言葉やった。誠司おとうは少し驚いて、「大丈夫や、大丈夫やから」と頷きながら私をなだめる。
三人で病室に行くと誠司おかあがいた。私の顔を見るなり「真知ちゃん!」と駆け寄ってくれた。
四床ある相部屋は二つは空きで、斜向かいはもともと物置にされよるようで個室状態やった。室内は静まり返ってやたらと広く感じる。カーテンの引かれた病室は蛍光灯の白い明かりとベッド脇のオレンジの明かりで照らされていた。
部屋の奥側、窓際のベッドのところへ案内されて、淡い黄緑のカーテンの中を誠司おかあ越しにそうっと覗いた。横たわって眠る大きな男は、間違いなく誠司やった。ぱっと見た感じではその身体や顔に傷らしいものはなく、左腕に点滴の管が付いていた。刺されたと聞いたお腹の辺りは布団が掛けられていて見ることは出来ん。
「……不良生徒の、揉み合いに巻き込まれた、ち聞いたやけどね」
誠司おかあは声を低くして静かにそう話した。
「は。揉み合いで刃物かい、今どきの高校生ちうのは」
私のおとうがため息混じりに呟く。誠司おかあは頷いて続ける。
「出血が結構あったみたいでね。搬送された時は命も危なかった、ちて言うてはったわ。お医者の先生が」
「今はもう大丈夫なんか」
私のおとうが訊ねると誠司おかあは「とりあえずはね」と曖昧に答えた。
「意識が戻らんことには、完全に安心はできんよって……」
言いながらその寝顔を見つめた。私もみんなもそれに倣う。息こそ自力でしよるけど、その身体はぴくりとも動かん。麻酔はとうに切れよるはずや、と誠司おかあは話した。なのに目覚めん……どうしてなんか。
その後は学校関係の人が入れ替わり現れて誠司おかあは忙しそうに話をしたり聞いたりしていた。私はどうすることもできずにその寝顔が見える位置に椅子を置いて座っていた。
「真知……そろそろ」
少ししておとうがそう声を掛けてきた。私は少しだけ反応したものの、立ち上がることはどうやってもできんかった。
「少しならおってもええよ、真知ちゃん」
そう声を掛けてくれたのは、誠司おかあやった。私の背中をごしごしと強く撫でて、「ね」と温かい視線を向ける。
おとうは「せやけど」と断りかけたけど誠司おかあは「ええから」と譲らず。仕方なくおとうは「そんなら……すんません」と頭を下げてちらりとこちらを見てから病室を出て行った。「ちょっと一服してくるわ」と誠司おとうもそれに続く。
病室は急に静かになって、廊下から聞こえるもそもそとした話し声や、隣の部屋の機械のブザーが高く鳴る音が時々聞こえるだけになった。
ほどなくして消灯時刻になって、廊下と部屋の蛍光灯が消され、部屋の灯りはベッド脇の小さなオレンジの光だけとなった。
暗くなっても誠司の寝顔は変わらん。普段もこんな綺麗な寝顔かな、と想像してみるけど、絶対もっと汚いやろ、という結論に至る。病院やからってすましよんのか。かっこつけやな、ほんま。
「真知ちゃん、晩ごはんまだよね? なんか食べた方がええし、売店でおばちゃん買ってくるよ。なにがええかしら」
そう言われて「ああ」と曖昧な返事をした。正直お腹は全然すいてなかった。こんな状況で食欲なんか、湧くわけがない。
誠司おかあはそんな私に「まあ適当に
薄い黄緑色のカーテンで区切られた個室のような空間に、誠司と二人きりになった。
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