第23話 焦らんでええ

 そうして誠司がまた実家を離れて、数日が経ったある暖かい日のこと。相変わらず変化のない私のもとへ、『変化』を告げにある人が訪れてきた。


「結婚……することなってね」


「えっ、えっ……ほんま!?」


 頬をほんのり赤くしながら言うのはもちろんミクさん。隣にはすっかりお似合いに収まった沖野さんの姿もあった。


「うわあ。よかったですねえ、おめでとうございます!」

「ほんに、おめでとう。ミクちゃん」


 私とおかあは口々にそう言って拍手を送った。


「じゃあミクちゃん実家出るいうこと? 仕事も辞めて……?」


 おかあがそう訊ねるとミクさんは「ううん」と首を横に振った。


「お婿さんにね、来てもらうことになったんよ。住まいも、私の実家に」


 ミクさんの家はうちみたいな自営業というわけではないけど、七人きょうだいの大家族。それも末っ子長男、姉六人。ミクさんはその長女というわけ。


妹弟きょうだいたちの世話、まだまだかかるし、弟もおるにはおるけど晩婚の時代やもん、ちゃんと結婚するいう保証もないよって。話したら『構わんよ』ちて言うてくれよったもんで」


「まあ……婿養子でも構わん言う話は柏木さんもよう知る話や」


 沖野さんに言われてミクさんは「ああ、そうやんね」と苦笑いをした。私も一緒に苦笑い。もうここまできたら今更過去がどうということもないけど。


「けどいきなり大勢さんの『お兄さん』ちいうわけか。まあ沖野さんなら向いとるわ、きっと」


 おかあにそう言われて沖野さんは「どやろなあ」とはにかんだ。それはたしかに『いいお兄さん』になれそうな笑顔やった。


 二人の幸せな報告は親友として、知り合いとして素直に嬉しかった。二人、ほんまにお似合いやもん。沖野さんの隣におるべきなんは、やっぱり私やなかったんやな。と妙に納得してしまうくらいに。


「あれも『縁』よ。真知にもきっとあるわ。だからそんな顔せんのよ」


「えっ……」


 仲睦まじい新婚夫婦の背中を見送っていると、横からおかあがそんなことを言うてきた。『そんな顔』って私……どんな顔しよったかな。


「焦らんでええんよ。あんたなんかまだまだ若いんやから。ふふ」


 一瞬反発しそうになりながら飲み込んで、「そうやんね」と返しておいた。


 焦りよる、と見られるんは嫌。けど嫌なんは、実際焦りよるからや。


 高校を卒業してから、もう五年。婚活歴も、もう五年……。なんでかな。これでも一生懸命やりよるのにな。


「ああ、やめやめ」


 小さく呟いて首を横に振ると、店での仕事に集中した。



 のちに呼ばれた結婚式で見たミクさんは、この世で一番、というくらいに美しく輝いていた。


 もちろんもとが美人さんというのもあるけど、それよりなにより、幸せそうなその笑顔が彼女をより素敵に見せよるんや。そして彼女をそんな素敵にしたのが他でもないお相手の沖野さん、というわけ。


 ああ、いいな。羨ましいというより、単純に、純粋に、輝くその姿に憧れた。


 披露宴のあとでスタッフさんを通じてこっそり呼ばれた私は裏の控え室でその女神さまのような新婦さんから直接『それ』を受け取った。


 白をメインとしながら、青系とピンク系の小花が愛らしい、ドーム型に結えられた花嫁のブーケ。甘く上品に香るそれは、レースとリボンで華やかに飾られていた。


「次は真知ちゃんやからね」


 あんまりに嬉しくて、抱きついて泣いてしまった。




 それからまた日が経って、順調な新婚生活を送るミクさんは第一子となる男の子を無事に出産。そんな桜も見頃を過ぎたある春の日、事件はあまりにも突然に起こった。


「あ、ああ、おい、大変じゃ!」


 夕暮れ時に血相を変えて店に飛び込んできたのは配達から戻ったばかりのおとう。


「なにぃ騒がしい、どないしたん?」


 おかあが訊ねるとおとうは息を荒くしたままでとんでもない話をしだした。


「誠司くんが……刺されて意識不明やちて」


「ええ!?」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る