その8 死んだ神経

触った指先を嗅げば

腐臭がする親不知

抜いた方がよいと言われてから

一年以上も放っておいた罰

一つ抜くだけではおさまらず

その前の歯も蝕まれ

支える骨もとけているとのこと

三十分以上もかかる手術となり

傷口は縫合するほど大きく

打撲されたように

口が開かなくなり

リハビリまで必要となった


歯は入ったのだが

冷たいものが触れると

しみるシミル

顔も体もヒュンと縮む

神経は生きているのだ

冷えた飯さえ

ギーンとしみる

歯磨の後

口をゆすぐのも

おっかなびっくり


舌と頬の内側の肉を

微妙に動かしてガードする


癇癪をおこして

冷水を歯にぶちあて

ウームと天を仰いだことも


四ケ月が過ぎた頃 

歯茎の痛みに

寝つけない夜が二晩あり

歯に穴が開いて

神経がモロに出たような

ピシという痛覚が走って

ナスを黒焦げに焼いて

その皮をすりつぶしたものを

歯茎に擦り込んだ


今日の昼食の時だ

熱い皿うどんが

右の奥歯に運ばれても

平気で噛める

左側と変らない

これは、と思って

氷入りのグラスの水を

ぐいと飲むと

やはり痛くない!


終ったのだ   

ようやく闘いは

あの二晩の疼きは

奴の断末魔か


なぜか

奴があわれだ

もう死んでしまったと思うと


ほっとすると

センチにもなれるか

それほど俺を苦しめた奴















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