その11 鉢植えの一つについて
それは
丈三十センチ程の鉢植え
夏
母が私の部屋に置いた
名を尋ねたが
知らなかった
暑い日々
水を注げば
安らぎが生まれた
窓際の書棚の上で
大輪の紅花を
咲かせ続けた
秋
陽を求めて
戸外に出された
葉の緑は深まり
夕陽は紅花を燃やした
冬
レストランの入口に置かれた
雪が降り
葉に積もり
それでも夏と変わらず
鮮やかに咲く紅花を
不思議な気持で見ていた
その冬一番の寒い日が過ぎ
気がつくと
暖房のきいた店内にそれはあった
葉も花も落ち
枝と幹は干からびていた
すぐに水をやった
敷き皿に溢れた水は
一週間程で乾いたが
変化はなかった
隣で
一緒に入口に置かれていたゴムの木が
萎れていた
寒さにやられた
枯れてしまった
私はそう思った
春が近づいてきた日
閑散な店内を
所在なく歩いていて
ふと鉢植えに目をやると
干からびた枝幹のあちこちから
黄緑色の新芽が出ていた
私はしばらく
その前を動かなかった
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