詩帖拾遺

坂本梧朗

1970年代

その1 冬を越える歌

冬だ

すべてが白く凍りつく


寒いぞ

身動きできんぞ

穴ぐらの中にゴソゴソと入り込み

身を縮かまらせて、呆けて眠ろうか

だが

眠るにしては居心地が悪いぞ


こりゃ眠れるどころじゃないぞ!

何ともかんともチクチク刺しやがる

痛い 痛い 何だこれは!

それにこんなに狭くちゃ

おいらの臭いが溜っちまって

こりゃ鼻持ちならん!

吐き気がする 頭がボーとするぞ

体も動かしたい 

木彫りの熊じゃあるまいに

じっと同じポーズでおれようか!


それに


あの野郎はどうしてるだろうか?

俺と同じ様に

穴の中で縮んで 震えていやがるか


あの娘はどうしてるだろうか?

悪い事したぜ あの娘には

俺を見ている眼が涙で一杯になった


ブルル おおたまんねえ

寒さじゃないんだ

奴等に会わなきゃ治まらねえ


小さな扉ブチ破り

ノソリと這い出す ノソリと這い出す


ピュウピュウ ピシリピシリ!

吹雪の奴が吼えやがる くそ!

おっと危ない 雪に隠れてここに落とし穴だ!


凍えた手で扉叩き開ければ

野郎は案の定

暗闇の中で縮かまり

冴えない顔でころがっていた

訊けば奴も

どうにも眠れぬとの事

そいじゃ一緒に

あの娘の所を訪ねようぜ


あの娘の住家はちと遠い

奴と俺とはしゃべくりながら歩いたぜ

吹雪の野郎が消そうとしやがるんで

でっかい声を張り上げて

 こんなにお互い

 話したいことが溜っていたのか!


森を過ぎたぜ

ふっくら綿帽子かぶった すました林さ

横の白と縦の黒との絣模様さ


湖だ 氷ってる

キラキラ光りやがる

吹雪の野郎は消えちまって

薄っぺらな太陽が顔を出した

奴と俺とは深呼吸だ


 ここを歩いた 去年の夏

 何もわからず歩いた

 何にもわからず あの娘と

 淋しく辛かった俺 そしてあの娘

 手を握りながら

 手を握っていながら


丘を越え

奴と俺とは汗をかき 火照り

頭から湯気をたてて

あの娘の扉の前に立つ


胸ときめかし

叩く扉の音に

ためらいがちに

扉を開けるのは

その娘


 おお 何と変わったか!

 何と変わったのか

 髪も体もやつれた

 口許に浮かぶ疲れよ

 娘の瞳に浮かぶ驚きと戸惑いの色

 青い頬に紅ほのかにさし

 秘かにふるえながら俺を見つめれば

 止め度なく溢れ出る涙は一体なんだ


喜びに打ちふるえて

中に入れば

火はなく暗い

座りこめば

奴はニヤニヤするし

娘はぎこちない


とにかく火を起さなきゃ!


奴は焚き木をたっぷり採りに飛び出すし

俺は氷の下の魚を釣り上げに行く

娘はお湯を沸かし そこいらを片付けるという


今晩は酒盛りだぞ!

酒は有ると娘は言う 初めて笑った


吹雪の野郎がまた舞い戻ってきゃがった

だが

赤々と燃える炎に照らされる

奴と娘の顔を見ていると

畜生 こんなにあったかいぞ!


奴は薄目になった ブツブツ呻ってやがる

そうさ! いつもの事さ!

娘は静かなもんさ

俺の側に座って 時々一人で微笑んで

時々明るい あの声で笑うのさ

こらっ幸福かってデコを小突いてやろうか


おい ここはちょっと狭いな と俺

そうだ と奴と娘

よしっ大きくしよう!


俺達三人

住家をもっと大きくして

火を赤々と焚いて

互いにぶつかり 体温を分けながら

冬を越える

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