第10話
***
病院の廊下の突き当たりにある部屋の前に諒はやってきた。部屋番号を確認する。名札はないが番号は間違っていないようだ。
煩くない様に静かめに扉をノックすると中から「どうぞ」と言われ諒は扉を開けた。
「こんにちは〜……」
「おお、諒さん。悪いね、こんな姿で。さあ、こちらへいらっしゃい」
「伝蔵さん、体調はどうですか? びっくりしましたよ、入院してるなんて連絡が来て」
諒は日当たりの良い病室のベットで新聞を読んでいる伝蔵の元へ駆け寄った。
彼は諒の歳の離れた友人で月に一度は必ず会うほど仲が良い。
そして今回も例外なく月一の交流会が行われる予定だったが、伝蔵から「入院した」との連絡があり、諒は慌てて飛んできたのだ。
「本当に心配しましたよ! また無茶でもしたのかと」
「ワハハ、さすがに八十五歳のジジイだからな。無茶はしないぞ」
「とかなんとか言って。伝蔵さんには前科がありますからね。普通、世間のお爺さんは犬を助けようとして川に飛び込みませんし」
「いやぁ、あの頃は若かった。あれは若気の至りでな」
「若気って、まだあれから一年しか経ってませんから!」
諒と伝蔵の出会いは一年前、川で溺れている伝蔵を助けに行ったのがきっかけだ。
子犬が流されているのを見つけた伝蔵は、川へ飛び込み子犬を岸へと救出した、のは良いのだが岸へ上がろうとしたところ足を滑らし伝蔵は転倒してそのまま流された。
そしてそれを偶然スーパーの帰りに見つけた諒が助けたのだ。
一日一善をモットーに生きていた諒には当然の行いだったが伝蔵はいたく感動し、こうして交流は一年間続いた。
「そういえば小太郎は元気ですか? 伝蔵さんが入院しているとなるとお世話は誰が……」
「元気すぎてな、老体に鞭打って遊んでるよ。今は親戚に預かってもらってるが、小太郎も諒さんに会いたがっていたから、また会いに来てくれんかね」
「伝蔵さんが退院したら、すぐに会いに行きます」
小太郎とは伝蔵が助けた子犬の名前だ。
彼は救出した犬を引き取り、大切に育てている。その子犬も諒を気に入っていて、交流会と称して一緒に散歩へ行ったり伝蔵の家で遊んだりしているのだ。
「にしても病院でこうして会うのも懐かしい気がするなあ」
「ふふ、そうですね」
「あの時とは逆だがな」
ニヤリと笑う伝蔵に諒は顔が赤くなった。
「そ、それは言わない約束ではっ」
というのも、諒は伝蔵を助けに川へ入り救出したのは良いが運悪い事に伝蔵と同じ様に足を滑らせて溺れたのだ。
気がついたら病院で寝かされており、助けたお爺さんからは感謝と称して何かとお世話になっていた。
あの時、諒を助けたのは通りすがりの人だったそうで、伝蔵のお願いも虚しく去ってしまったらしい。諒も助けてもらったお礼を伝えたかったが致し方ない。
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