嘘憑きの村
独鷲田無
プロローグ
この世でいちばん嫌いなものは何か、と聞かれれば、私は迷うことなく「嘘、そしてそれを吐く人」と答える。
これは至極当たり前のことだと思っているし、特別変わった意見ではないと自分では思っている。
しかし私がそう答えると、たまにではあるが、こう言ってくる輩が一定数いる。
「優しい嘘だってあるんだから、それは時と場合による」と。
正直、この話をされる度に虫唾が走って目の前にいる嘘つき野郎を張り倒したくなる。
優しい嘘、なんていうのは絶対に有り得ない。どんな時であれ、ありのままの真実を伝えることこそが良好な関係を維持、発展させていく最適解なのだ。特に我々日本人は「本音と建前」なんて身勝手で都合のいい言葉を生み出し、自分の真なる気持ちを伝えることを放棄して相手方の顔色を伺うことに気を向け、せっせとそれに専念している。
そんなことをして一体何になるというのか?結局自分がどうしたいか、どう思っているかを伝えていないから、相手との気持ちに解釈の違い、もしくは齟齬が生まれてしまう。そうして最後には溜め込んでいた負の気持ちが爆発、制御不能になり、鬱やら、酷い時は暴力事件だのに発展する。
結局、恥をかきたくないとか相手に否定されたくないとかいうごくごく小さな劣等感を許容できない見栄っ張りな思考のせいで、人はくだらない嘘をつくのだ。
そして嘘つきどもの言う「優しい嘘」についてだが、これまた聞いてみれば甚だちんけな内容で反吐が出そうになる。
どうやら彼らは人を守るための嘘、傷つけないための嘘は優しい嘘だから吐いても良い、などと考え仰せているらしい。
私からすれば人を守る、傷つけない嘘などは白いカラス以上に存在するとは思わない。
嘘というものは、いつか、いずれはばれてしまうものだ。どこかで綻び、縺れ、中身は曝されてしまう。そして嘘をつかれた人は、内容がどうあれ、嘘をつかれたことに対して悲しみを覚えるのだ。ああ、私を守るために嘘をついてくれたのね!なんて、思ってしまう頭がお花で埋め尽くされている奴は、残念ながらこの世にはいない。もし居たとしても、そいつは漏れなく嘘を吐く人間だろう。
そして人は必ず、嘘を吐かれたことを悲しみ、騙された自分を酷く情けなく思うのだ。嘘を吐くというのは、理由がどうあれ相手を騙すということに他ならない。だから私は、優しい嘘に取り憑かれた彼らにはいつもこう返している。
「あなたは相手を優しく騙すのね?」と。
これで大体の人は歯切れが悪そうに会話を切って、嘘については何も言わなくなる。
さて、ここまで散々嘘と嘘つき野郎のことを卑下し馬鹿にする内容を連ねてきたが、私の知り合いにも一人ではあるが酷い嘘つき野郎がいるので、彼のことを少し書こうと思う。
これまで通り嘘つきを持ち上げることなど書くつもりはさらさらないが、彼は私に初めて「嘘をつかせた」人間である。そして、私が前述していた嘘に対する強固な考えを、いとも容易くねじ伏せた男だ。
おいおい、ここまで嘘つきを馬鹿にしておいて、そんな貴様が嘘つきだったとは!とこれを読んでいる人からは責められるだろう。確かに、その点については謝罪せねばならない。
そして彼によって私の嘘に対する考えは多少ながら変わり、そして嘘という言葉のトリックが内包する真実に触れたのは事実だ。
しかし、私は嘘つきの最低野郎だと自分でも反省し、今も卑下している。それに変わりはない。そしてそれは、この後に書く話に通じている。私は、あれだけ嫌っていた嘘を、その話の中で二度も吐いた。一つはその彼によるものだが、もう一つは、自身の意思による物だった。
たった一回だけであれ、自ら嘘を吐いたことがとても情けなく、悔しくもあり、なにより相手に申し訳なかった。
さて、そんな私に嘘を吐かせた彼だが、出会ったのは数年前、とある地方にあるG県だった。
何故出会った場所である地方と県を暈したか、というと、彼と出会ったその場所で、酷く凄惨かつ残忍、救いなどない、哀しみに満ちた事件が起こったからだ。
彼とは、その事件の始めから終わりを長きに渡り共に見届けたことになる。
飄々とした風体で、伸び散らかした髪を後ろに流し、額に手をあてている彼の悲しそうな後ろ姿を今でも思い出す。
数年経った今でも出来ることなら思い出したくない事件だが、こうして書き連ねておくことでその事件を自分の中で風化させることがなくなるのでは、と思い筆を取った次第である。
これから先、事件に関連している人物のプライバシー保護のため、一応ではあるが名前を変えて書いていくが、読み進めるにあたり問題は無いようにしてある。事件自体は当時の新聞にもニュースにもなっているから、実名は恐らく調べれば出てくるであろう。
あくまでこれは、あの場所で何が起こったのか、を詳細に私の視点で記したものであるから、簡易的に内容が知りたい場合は先に書いたふたつから情報を得ることをお勧めする。
さて、ここで心配になっている方もおられるかも知れないので注釈しておく。
私は物語に偽名以外の嘘を吐くことはしない。すべて私の目で見た事、触れたこと、感じたことを記す。……確かに嘘つきの言うことは信じられないかもしれないが、こればっかりは嘘を書いていない。
ちなみにだが、私が初めて吐いた嘘は、当時の事件には一切影響がなかったし、今もないので心配しないで欲しい。
前置きが長くなってしまったが、先ずは彼との出会いの話のさらに前から書いていく。そうしないと、手記を書き始めることが出来ないくらいこの事件は規模が大きく色んな人の人生に関係し、最終的にそれらを破壊したから。
これは、あの陰惨な事件の全容を記した手記であり、私が初めて人に嘘を吐くまでの記録でもある。
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