伯爵子息と執事なメイド

烏丸諒介

第1話

「セルヴィ様、週末のアイリーヌお嬢様のお誕生日会でのお召し物は」

 外出帰りのセルヴィ様の上着を受け取りながら問えば、色ない返事。

「お前に任せる。それより、」

「……畏まりました」

 セルヴィ様の声を遮って、やれやれと肩を竦める。

「セルヴィ様であれば幾らでも花を手折れましょうに……」

「面倒臭い。それにその気になればちゃんと段階を踏むさ」

「一体何年その台詞を聞いてきたんでしょうね」

 溜息を吐いて頭の中で己のクローゼットの中を漁る。

 季節は秋も半ば。セルヴィ様にはキャメル色のスーツを見立てよう。セルヴィの「それより、」という台詞を遮ったのは、その先に「お前が俺の隣に並んで居ろ」というお決まりの文句だったろうからだ。

 セルヴィ様にキャメル色を充てるなら、自分は淡いクリーム色のワンピースドレスにしようか。

 襟が高く、フォルムもふんわりとしていて体型を隠しやすい。

 切り揃えた銀髪を掻き上げながら、円卓に重なっている封書の束を興味薄そうに横へ退けていくセルヴィ様は伯爵子息。

 眉目秀麗、頭も良い。素行も悪くない。

 令嬢からの評判は上の中といったところか。

 上の上、と云い切れないのは、パーティーの類に必ず私を傍に置くからだ。

 どこの馬の骨とも知れない女が伯爵子息の傍から片時も離れないというのはご令嬢方の不満を大いに買うというものだ。

 どこの馬の骨とも知れない……。それもそうだ。私はセルヴィ様専任のメイド……本来ならば執事、である身なのだから。

 私ーー基、俺はとある理由から(これに関しては長くなるからまたの機会に話したいと思う)セルヴィ様専任のメイドとして働くようになった。我が家は代々セルヴィ様の……そのご血統に仕えることを認められた家だ。

 物心ついた頃から執事、ないしはメイドになる為の勉強をして、十の歳を迎えてからお邸に務めさせていただくのが我がミネット家の使命だった。

 正直セルヴィ様の……メルヘルム家に仕えるのに何故メイドである必要があるのか。これもまた別の機会に話したいところだ。

 本当は俺だって執事然として務めたいものだ。

 セルヴィ様の要望で伸ばし続けている髪の毛にもとっくに慣れはしたが、時折邪魔だとは思う。

 封書にはキチンと目を通して下さいね、と注意を投げて、俺はお邸に隣接する小さな家へと帰った。

 

 くだんのパーティーでは矢張り女性の目が痛かった。

 しかしセルヴィ様はそれを我慢しろとばかりに俺を傍に並べて歩かせた。

 セルヴィ様は俺の長い髪を捻じりの入ったハーフアップにさせるのがお好みだ。

 俺の髪の毛は深い紺色。そこに真珠の髪留めを挿せば、まるで夏の夜色のようだと喜ぶのだ。

 声は一切出さない。一応健全に生きてきた十七の男が喋ったら、それは女のそれとは誤魔化し難い。

 セルヴィ様は、いつも「彼女は失声症なのだ」とわざとらしい程に主張してきた。

 お陰様で見慣れた方々にはそういった認識をされている……筈だ。

 パーティーが終わって、俺はすぐにワンピースドレスを脱ぎ捨てる……訳にもいかない。

 セルヴィ様のお世話を一頻りしなくては執事(メイド)心が落ち着かない。

「今日のパーティーは如何でしたか?」

「お前が居たお陰で随分と煩わしさから逃れられた」

「それは、良かったです……」

「それよりスカーレス、また背が伸びたか?」

「さぁ、どうでしょう? でも私もまだ成長期ではあるので……」

「あんまり背が伸びられては困るな」

「とは云えセルヴィ様は私より頭半分は背が高いですし」

「頭半分でも充分背の高い女性だ」

 それは否定し切れない。

「疲れただろう。少し休んでいくか?」

「着替えもありませんし、ひと通り終わりましたらすぐ自室に戻ります」

「着替えなんて私のを使えば良いだろう」

「そんな大それたことが出来るとお思いですか」

「別に子供の時からの付き合いだろう」

「それは、そうですが……」

 今は立場が違う。公私混同は良くない。いや、今はも何も昔から立場は違うのだが。

「たまには女の格好じゃないお前を見せてくれたって良いだろう」

 クスクスと笑うセルヴィ様のジャケットをわざと少し大きくはためかせる。

 一体誰の所為で執事ではなくメイドをやっていると思っているんだ。貴方の所為だぞ、とは言葉にはしないけれど。

「そんなに私のことを案じて下さるなら、私はこのお召し物をクリーニングに持って行くその足で帰らせていただきますが」

 敢えて硬めの声を出してみせれば、セルヴィ様は眉尻を下げて小さく笑った。

「紅茶だけ淹れて行ってくれないか? ミルク多めの」

 それはセルヴィ様が俺だけにする命令だと知っている俺は、ほんの少しだけ機嫌を直して「承知しました」と、ワンピースドレスのまま邸内を行ったり来たりした。

「それではそろそろ」

 セルヴィ様がティーカップに口を付けたのを見てから俺は背を傾ける。なるべく女性らしいラインを出す為に着けているコルセットの所為で腰を曲げられないのだ。

「今日も助かった」

「それは良かったです」

「ゆっくりおやすみ」

「えぇ、セルヴィ様も」

 では、と頭を下げて、俺は自室に戻った。

 着ていたものをすべて脱いだ時の解放感ったらない。

 そのまま湯に浸かって凝り固まった身体を解す。

 今日のようにセルヴィ様の隣に立つ度に思うことがある。

 もし俺が本当の女だったらきっと苦労はもう少し少なかっただろうな、と。

 けれどもそれがセルヴィ様にとって苦労が減るかと問うたらその答えは少し判断し難い。

 苦労が少なくなるのはきっと俺の独りよがりになるんじゃないだろうか。

「んー……」

 唸って顔の半分まで湯に潜る。

「でもそろそろ誤魔化すのも限界じゃないかな……」

 骨格も背丈も、女性らしさが強い訳ではない。

 まあ、何を云ったところで、あの人の考えには否を唱えることが出来ないのが俺なのだが。

「あーまーいーや。考えたって無駄だ無駄」

 うーん、と四肢を大きく伸ばして、俺は浴槽から出た。

 明日も朝は早い。パーティー中殆ど何も食べられなかったから、干しパンを少しだけ千切ってミルクと一緒に流し込む。

「明日も頑張りますか」

 ふぁ、と欠伸をして、俺はベッドに潜った。

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