同盟

『馬鹿な!!』

 神木の化身アバターテーベが、体を震わせ激昂する。

 予想以上の反応だった。

(いいおっさんが、純情すぎやしないか?)

 少女タイプのオルターを戦場へと送り出す行為は、たしかに残酷かもしれない。

 しかしWOLに代表されるように、この大会で民生用の人型素体を使用しているのは梓真たちだけではないはずだ。軍用、あるいは純戦闘用のオルターの所有者は限られているし、彼らだけに出場機会を与えていたら、今のSCの盛況はなかっただろう。

『ねえ! 返事は!?』

『こんな茶番、つき合えるか!!』

 テーベは怒りに任せ、銃を理緒に向けた。当たらない距離ではないが、脅しとしては効果が薄い。

 だが理緒は――

『そう? じゃあ、わたしを壊すしかないわね』

 と、体の正面をテーベに向け、言葉を重ねた。

『ねえ、審判さん。わたしがリーダー機だってこと、あなたが保証してくれない? わたしじゃ信用ないでしょ』

「……あんなこと言ってるが、どうすりゃいい? 部長さんよう」

「……言うとおりにしてやってくれ」

「そうか。んじゃま……」

 山野目は腰の通信機を手に取る。

 テーベは動かず、理緒に狙いを定めたまま。

(ひょっとして、神木は理緒を知っていたのか?)

 だとすれば神木の怒り……いや、混乱は理解できる。梓真は初めて同情した。息子の女友達がオルターとして大会に出場し、自分を壊せと脅迫しているのだ。

 待ちくたびれたのか、理緒は矛先を変える。

『それとも、あなたがやる? メティス』

『……』

 促されるまま、それとも脅迫に屈するように、か、メティスは戦斧を高く構えた。

『さあ! 早く!』

『……待て』

 神木は静かに言った。

『輝矢』

「……何?」

『これが、おまえのやりたかったことなのか?』

 鼻に抜ける声は、半ば呆れ、皮肉を含んでいる。

 しかし輝矢は怯まない。

「僕たちは優勝したい。そのためには手段を選ばない」

 重くふう、と神木の息が漏れる。

『下僕になると、そうと言ったな。なんでも言うことを聞くと』

『ええ』

『それを加瀬くんの口から聞きたい。さっきから黙ったままだが』

 その言葉に梓真は赤面する。

 なりゆきを傍観していた梓真を、神木は責めているのだ。

(輝矢の言葉を思い出せ。こいつはなんて言った?)

 面目は、もうとっくに潰れている。

「彼女が言ったことは守る。どうか、俺たちと同盟を結んでほしい」

 輝矢を真似て堂々と言い切った。

 恥も外聞もない。

 優勝する。そのためなら、どんな非難も受け入れる――そう覚悟した瞬間だった。


 神木が手始めに言いつけたのは、ポボスによる偵察だ。

 動物を模した体には、センサー、ソナー、圧縮型のレーダードーム、さらにはステルスシステム等々、姉の朋子がで手に入れた先端機構の数々が内包されていた。さらに小型化を進めて本物の動物に擬態できれば、現実の軍隊においても有用だろう。

 索敵専用機はさすがのジュピターチームも持ち合わせがなかった。そもそも通常、四機編成の小部隊に偵察機を入れる余裕はない。

 それだけに神木は、ポボスを便利に使うだろう。

 だがポボスを先行させたあとは、大会社の社長らしい度量を見せた。残った三機の補給と補修を命じたのだ。もっともこれは「あとでこき使ってやる」という意思の表明かもしれない。

 ほぼ無傷のポボスとは対照的に、激しく損傷していたのがディアナだ。一部人工筋肉を含め、大がかりな交換作業を必要とした。とりわけ深刻なのは交換用外装パーツの不足で、完全な修復はできないだろう。

 メインの修復作業はメルクリウスが行い、理緒は道具や部品の手渡し役に専念した。

 そのかたわら、後ろで見守るテーベを振り返る。

『ねえ、同盟したんだから部品も融通してよ』

『甘えるな』

『けち』

 理緒とすっかり打ち解けた神木は、修復作業の終了と同時に言い放った。

『では、メルクリウスとディアナはただちに発進しろ』

『待ってよ。まだ片づけが――』

『おまえがやれ』

『……わかりましたぁ!』

 理緒が後始末を終える頃、二機の姿ははるか先、生えるに任せた雑草の中にあった。人手不足で放棄されたかつての耕作地だ。この一帯は完全無人の大規模農作地となることが予定されている。

 それも、遠い未来のことではない。梓真は自動化の進む世界に馳せた思いを、現実に引き戻す。

「理緒。そろそろ出発の――って、おまえ、もしかして……」

『んむ?』

 理緒の返事は咀嚼のあとだ。

 ごくんと飲み込み、不平が続いた。

『この携帯食、味気ないわね。お母さんのお弁当とは言わないけど、せめておにぎりとか準備できなかったの?』

「おまえなあ……」

 ランチボックスを手に行進する軍用オルターを想像し、梓真の頭はくらくらした。

 冗談は抜きにしても、バックパックに余裕はないし、この炎天下に生物なまものは厳禁だ。もっとも、理緒が食中毒を起こすかまではわからないが――。

『……何をしている?』

 やってきたのはテーベだ。

『見てわからない? 二時過ぎなんだからお腹も空くわよ、当たり前でしょ』

『……』

 テーベはもちろん無表情。だがその向こう側のいらだちが、梓真には手に取るように伝わった。

『頃合いだ。すぐに出発する』

『食事中なんですけど?』

『……歩きながら取れるだろう?』

「い、や……そいつは……」

 WOLの奇襲はまだ記憶に新しい。しかし当の理緒は、

『わかったわよ』

 と、立ち上がった。

 だが嫌みも忘れない。

『あなたたちが守ってくれるものね』

『……』

 マップ上には、ポボスによって感知された十七の光点が存在した。ポボスは北西方向の奥深くにまで入り込んでいたが、敵に気づかれた様子は今のところない。

 危機にあるのは敵三体が迫りつつあるメルクリウスとディアナだ。それらは他の敵と同様、フラッグへの進行を続けていたが、メルクリウスとディアナの接近に、あわてた様子で踵を返した。

 すべてが神木の思惑通りだ。

 梓真は状況を理緒に伝える。

『わかったわ。出発する』

 理緒は食べかけを口に放り込むと、フェイスガードを元に戻して走り出した。時速は二十キロ。倍力化装置が正常なら、さほどの負担はないだろう。後方にジュピターの四機も続いている。

 神木の立てた作戦は、メルクリウスとディアナを囮として、ジュピターチームが遠距離から攻撃するというものだった。従うしかない。逆らえば、標的が理緒に変わるだけだ。

 だとしても今は頼りにするしかない。優勝の成否も、メルクリウスとディアナの生死も、彼らの動向次第なのだから

 向き直る理緒。振り向くことは二度となかった。

 梓真は揺れる景色に意識を乗せる。

 すると、神木と交わした理緒と輝矢の言葉が蘇った。

 二人のの強い口調、試合に掛ける決意と覚悟、それらすべては梓真に捧げられている。

(それに俺は応えられるのか、……いや、受け取る資格が俺にあるのか……)

 心がさまよう。

 羞恥とプライドだけの、自分の甘さを浮き彫りにされた気分だった。

 そんな時だ。目の端にふわりと、柔らかい髪が掛かる。

「あっくん。どう、調子は?」

 真琴の年上らしい気遣いに、梓真の顔もほころんだ。

 山野目の軽口が被さる。

「気が抜けたんだろ。なんせ、最強チームがバックにいるんだからな」

 それも間違ってはいない。理緒の背中を大会屈指のオルターが守っている――たとえ人質としてでも。これほど心強いことはなかった。

「あ……」

 状況に変化があったのだろう。

 ふいに宙を見つめた真琴は自分の席へと戻った。

 梓真もモニターを切り替える。

 三つの敵は、すでにメルクリウスの有効射程の内。チーム名は幻舞隊。伏兵か、あるいは撃破されたのか、四機目の姿はなかった。

 辺りは元農地。民家に水路、ビニールハウスと、隠れる場所には事欠かない。

 東稜高チームの二体は、枯れた防風林に身を寄せた。

 敵もあぜに姿を隠す。こちらをマズルで窺いながら、そのまま銃火を吐き出した。

 二分後――

 膠着状態を打ち破るため、隙を見たメルクリウスが左に展開、つられて敵の二機が飛び出した。

 ところが神木は気に入らなかったようだ。

『メルクリウス、元いた場所に戻れ』

「ええ? だって、せっかく――」

『言うとおりにしろ』

 厳命だ。

「ちょっと、あっくん」

「……従うしかないな」

「ぶうう……」

 メルクリウスの行動は間違っていない。敵の監視も攻撃も、二方向へと分散する。

 しかし、神木には別の考えがあるらしい。

 指示に従いメルクリウスは、ディアナの援護と同時に大木に戻る。

 敵はわずかに動揺を見せながらも、元いた畦に退却した。

 驚いたのはそのあとだろう。彼らはすでに挟まれていた。

 畦に沿い、アマルテアとアドラステアが右から、左奥からはテーベとメティスが挟撃する。

 十秒足らずで幻舞隊は壊滅した。

「ふえ、すごい……」

「神木氏は、幻舞隊に分散してほしくなかったわけだ」

 真琴と梓真が感心する一方で、理緒は神木に不満をぶつける。

 その理由は――

『ねえ、わたしの銃返しなさいよ』

『おまえのではないだろう』

 テーベは腰に下げた銃を隠すように、体ごと振り返った。

『わたしが拾ったんだからわたしのでしょ!』

 拾った場所は、彼女がつまずいたあの溝だ。WOLのライフルが隠してあった。盗人猛々しいことこの上ないが、山野目によればルール上は問題ないとのこと。

『状況次第ではな』

『状況?』

『他に選択肢がない――そんな場面のことだ』

『ふん』

 理緒は不敵に笑って回れ右をすると、準備を終えたメルクリウスとディアナを追った。

 すると早々、新たな敵と出くわす。だが、そんな“状況”は訪れなかった。

 二戦目にして二つのチームは連携を極め、ものの三分と掛けずにチーム・ジュウークを撃滅する。

「こりゃ、あっさり優勝しちまうかもな。……ジュピターが」

 山野目がわざとらしく言葉を区切った。

「そんなことさせませんよ」

「……」

 梓真の思いも輝矢と同じだ。

 しかし、どうやって?

 二戦して二戦とも、東稜チームの消耗が激しい。いずれ限界がやってくる。勝つためには消耗を抑え、すべての敵を倒したのち、背後からジュピターを撃破しなくてはならない。

 しかし――

 それは神木の想定内と思われた。時期を見て切り捨てられるに違いない。

 同盟とは、そんな互いの疑心の中に成立する。

 彼らの胸の内もおそらく同じはずだ。

 続く敵は計十機、きれいな凹陣形で向かってくる。同盟を結んでいることは疑いようもない。

 中央は横一列の四機、トレーフル。右のニーリー・ディルアと左のインシオンは、ともに三機ずつが縦一列に並んでいた。

 遠巻きにこちらを観察していたのだろう。三度の覇者ジュピターはそもそもマークが厳しい。それが配下――梓真たちを引き連れているのだから、彼らが休戦ののち手を組むことは正しい選択と言えた。

 真っ先に狙ったのはもちろん前衛の二体――メルクリウスとディアナだ。射程外にもかかわらず射撃を開始し、凹みの中央に捉えてじわじわと包囲を縮めてくる。

「作戦は? 神木……さん」

『前方に用水路が見えるな。あそこにメルクリウスとディアナを入れろ』

 がさがさと、神木の声に雑音が混じる。理緒に渡された無線で経由しているためだ。

 彼の指摘どおり、行く手にはコンクリート製の用水路が斜めに走っていた。腰を屈めたまま二体は疾走し、そこへと飛び降りる。

 深さは屈んだ両機の頭が出る程度。隠れるには申し分ない。が、頭を下げ、銃を翳したとたんに銃弾の雨が降り注いだ。

 やがて敵陣に変化が生まれる。

 両翼の後衛が中に狭まり、全体が底辺のない台形となった。前衛はジュピターを牽制しつつ、メルクリウスとディアナには三方向から銃撃を浴びせてくる。

 是が非でも二体を仕留めたいらしい。

「埒が明かねえ」

 梓真たちには打つ手だてがない。あとはジュピターがどちらか両翼の外側に回り込むだろう――そう考えた。

 ところが――

『メルクリウス、ディアナ。十時の方角に前進』

 突如、神木が命じる。

「っておい! そっちは敵のど真ん中じゃねえか! せめて水路に沿って――」

『繰り返すぞ! 水路を出て十時に進め!』

 敵両翼は零時と三時。

 神木の指示は、火線がもっとも集中する位置への進撃だ。

 死にに行け――梓真にはそう聞こえた。

「あっくん……」

「どうする?」

 真琴は戸惑い、輝矢も普段の笑顔を忘れている。

「……行け!」

 まずメルクリウスが、続いてディアナが飛び出した。敵陣深く全力で駆ける。

 梓真は銃弾の嵐を覚悟した。だが、その予想は覆る。

 中央からの銃撃がまるでなかった。

「ポボス、トレーフルを探ってくれないか?」

『リョウカイ』

 右翼のニーリー・ディルアが後背へ回り込む。彼らの火勢がもっとも強い。

 一方、左翼のインシオンは動揺を見せてから、銃口を揃え反撃を始めた。

 しかし、秩序はすぐに混乱へ転じる。

「あ?」

 左翼の後ろには彼女たちがいた。

 メティス、そして理緒。

 前後を挟まれ、瞬く間にインシオン二機を倒すと、残った一機が降参のポーズをした。

「おう、インシオンへの攻撃はそこまでだ」

 通信機を耳に審判が告げた。敗退が確定したのなら、もちろんそれでかまわない。

 大活躍の理緒はメティスと拳を突き合わせて、互いの健闘を称えている。

 彼女、いつからこんな戦闘狂に?――そんな疑問が湧いたが、よく見れば倒した敵の損傷は脚部に集中し、AIはもちろん無事だ。偽善かもしれないが、このあたりが彼女にとっての“戦果”なのだろう。

「……にしても、おまえ、なんでそこにいるんだよ」

『え? 聞いてたでしょ。ノーマークなのがわたしとポボスだけだからって』

 その腕には、借りパクしたライフルが復帰していた。

「……聞いてねえ」

『そんなはずは……。接続、かな?』

 理緒の手が銃把から外れ、胸元の――これまた借り物の通信機をまさぐる。

 と、そこへ――

『……はい、りょーかい!』

 またしても神木からの指令のようだ。

「今度はなんだって?」

『中央のトレーフルは放っといて、反対側にいるニーリー・ディルアをやれって』

「放っとくって、トレーフルはすぐそこだぞ?」

『あれは――』

 そこへポボスが報告を入れる。

『デコイダッタ』

「デコイ?」

 視覚的にはもちろん、音、熱分布、さらには通信までそっくりに偽装するのがデコイだ。ただルール上、攻撃手段は持てない。

 理緒は姿勢を正し、無理に作った低音ボイスでしゃべり出した。

『その不自然な動作から、デコイを見破るのは難しくない。……ま、四つも運搬した苦労には敬服するがな』

 どうやら神木の物真似らしい。

 次の口火はポボスが切った。敵左翼、ニーリー・ディルアの後背から襲いかかると、メルクリウス、ディアナ、理緒、メティスの四機がそれ包囲して、リタイアへと追い込んだ。

 トレーフルからの援護はない。そのころ彼らは、密かに用水路への侵入を試みていた。

 作戦自体は成功する。だが肝心のメルクリウス・ディアナとは入れ違い、しかも、ジュピターの三機にその頭を押さえ込まれ、最後はジュピター・東稜の全機が合流して、戦闘はあっけなく終了した。

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