陸橋に続く道を目の前にして、マルスは突如足を止めた。

「どうしたの? 急がないと……」

「理緒。言っとくことがある」

「何よ、あらたまって」

「人気競技の公式練習……無人地帯とはいえ、実弾の使用許可は下りない」

「知ってるわよ。だからこれがレプリカなんでしょ」

 メルクリウスが銃口を空へと向ける。

「格闘武器は違う。本戦でも使う、本物の……オルターを破壊する武器だ」

「そんなのもわかってる!」

「いや、わかってねえ。あのな、俺は時々相手の機体が操縦者とダブって見える。試合前に握手した人の良さそうなニイちゃんとかな。そんなんで使用をためらったりもする、俺ですらな……」

「……何が言いたいの?」

「敵を“殺す”気で掛かれ。さもなきゃ、ヴェルは“死ぬ”」

「……」

「……」

 無言を応酬する二人に、ひどく場違いな仲裁が入る。

「梓真は大げさだなあ」

「……俺は――」

「理緒、安心して。殺す気で掛かっても、軍用オルターはそうかんたんには死なない。梓真は意気込みの話をしてるんだよ」

「え、ええ、わかってるわ。ありがと、輝矢」

「じゃ梓真、準備は万端、そろそろ行こう」

「……」

 幹の陰に身を隠しつつ、マルスは右腕だけをのぞかせた。内蔵カメラが捉えたのは、膝射姿勢の灰色の影。四つの影は遮蔽物のない二車線の道路を横列にふさいでいる。

「一機は撃てないでしょ。バレてるっての」

 軽口に空しい沈黙が返る。その二人の余裕のなさに、輝矢は言葉を続けた。

「いい作戦だと思うよ」

「そうか?」

「現状では、これしかないんじゃない?」

「だよな。……よし、行くぞ!」

 カウントなしの合図に、マルスとメルクリウス、さらにヴェルを背負ったディアナが躍り出る。だが敵は微動だにしない。不気味に沈黙したままだ。

(1、2、……)

 マルスたち三機は列をなして敵陣へと迫り、瞬く間に相対距離を縮めていく。敵の射程五百メートルまで、あと少し。

(3、4、そろそろ……)

 黒い地平に三つの光が閃く。

 しかし三機はほとんど同時に右に身をかわす。輝矢の仕込んだ予測プログラムは、見事に回避を成功させた。

 だが敵の攻撃は続く。

 そのさなか、梓真がニ度目の号令を掛ける。

「ポボス!」

 新たな閃光は後方、山中から。ポボスによる支援射撃だ。ディアナのライフルを木にくくり、トリガーをワイヤーで引いている。

 これには意表を突かれたらしく、敵陣からの銃火が一斉に止む。

「理緒!」

「ええ!」

 マルスの背後からメルクリウスが攻撃を仕掛け、敵の動揺に拍車を掛ける。

 混乱に陥る敵陣。その極みは中央の二体、腰を浮かしたアリエルと、銃口を山中に向けるチタニアだ。敵左翼のミランダは射撃姿勢を保持しつつ、銃撃は途絶えたまま。右翼オベロンには攻撃手段がない。

「教授はお冠かな?」

「いや、長くは――」

 輝矢の予想は当たり、敵の銃口すべてが地上を向き、攻撃が再開される。

 山中からの射撃は続けていたが、そちらは無視を決め込むようだ。そもそも射程外、陽動としては十分だろう。

 けれど万事順調――とはならなかった。

 十六メートルを越す追い風、ディアナは武器と装備の一部を取り外している。にもかかわらず、三機の速度は想定を下回り、このままでは時間内での脱出は不可能だ。

 敵陣まで約三百メートル。

(風、か……)

 橋の上の風は、必ずしも味方してはいなかった。

 入り乱れ、方角はまばら。となればとうぜん走行に悪影響を及ぼす。

 梓真は遅れを取り戻すため、マルスの回避行動を制限し、両腕で体をかばう。途端、銃声に装甲を削る音が加わる。

 距離二百を切って攻撃が激しさが増すと、マルスの被弾は悪化の一途をたどった。特に腕部の損傷はひどく、要警戒の黄色表示へ見る間に染まってゆく。

「くそ。このままじゃ……」

 速度がようやく三十キロに達したものの、予定は遅れに遅れ、交戦可能な残り時間はもはやゼロに等しい。時間だけを優先するなら敵に一撃しそのまま駆け抜ければいいが、それでは背中が銃火にさらされる。

(ここまで、か……)

 戦意の萎えを自覚する。

 その時だ。

 耳元に囁く何かが聞こえた。

(……? なんだ?)

 その正体に苦笑する。それは理緒の、銃撃の合間の息遣いだった。

 メルクリウスは三連射のあとに一拍おく。そう設定していた。けれど、その間隙に息継ぎをする必要などあるはずもない。理緒の興奮は頂点にあるようで、赤面しそうな妖しい喘ぎが梓真の耳に届いていた。

 しかしそれが、梓真に生気を注いだ。

(これだけ撃ち込んでんだ。向こうもそろそろ……)

 そこへ朗報が届く。

「ミランダの様子がおかしい!」

 あわてて梓真も注意を向ける。輝矢の言葉に間違いはなく、敵左翼からの銃撃に不自然な間が生まれていた。

 それなら、と梓真も叫ぶ。

「理緒! ポボス! 攻撃をミランダに集中させろ!」

 正直、ポボスの狙撃はあてにならない。木をしならせることで照準を合わせているのだから、精密射撃などできたものではなかった。まぐれ当たりに期待するだけだ。

 代わりに、と言わんばかりのメルクリウスがフルオートで撃ちまくる。同時に梓真も防御を捨て、射撃を開始した。

 マルスはすでに限界が近い。敵陣到達は困難だろう。なら撃破されるその前に、敵の火点をひとつでも沈黙させなくてはならない。

 その捨て身が功を奏し、ミランダの銃火が完全に止む。

 残るは二体。すでに勢いはない――そう思った矢先、オベロンが戦列を離れて向かって来る。メルクリウスの銃弾がそれを追い、マルスも銃口を向けた。

 主将の意気にあてられたのか、チタニアとアリエルが息を吹き返す。

(くそっ、どうする……?)

 梓真は迷った末、

「オベロンは後回しだ! まずチタニアとアリエルを攻撃しろ!」

 オベロンはライフルを構えながらも銃撃はない。ならその意図は、格闘戦による撹乱・分断と見るべきだ。

 しかし敵はその代償として、防御ラインにほころびを生んでいた。

(あれなら抜けられる……!)

 敵陣までは約十秒。残る火力を沈黙させれば、脱出は成功するだろう。

 だがチタニアとアリエルは予想外のしぶとさで銃撃を続け、倒せないままオベロンの接近を許す。

「このっ!」

 マルスの放ったパイルバンカーをかわし、オベロンは後ろへと走った。

「理緒、止めろ! そいつの狙いは――」

 ディアナとヴェル!

「……!」

 メルクリウスの銃弾を足下に受け、オベロンがわずかにひるむ。

 その機を逃さず、梓真はマルスをオベロンにぶつけた。

「梓真!?」

 迷う二人に梓真は声を張り上げた。

「かまうな! そのまま走れ!」

 激突のあと銃撃を浴びせるも、敵もひるまない。膝蹴りでマルスを倒し、逃げるディアナを追う。マルスは足を絡ませオベロンを転倒させると、中腰のまま左の拳を振るった。

(よし、これで――)

 パイルの射出に梓真は勝利を確信する。まさにその時、悲鳴のような警告音が鳴った。

 繰り出した左の前腕がだらりと垂れる。

(撃たれた!)

 瞬時、後方モニターに目を移す。そこにはマルスに狙いを定めた二つの銃口があった。

 しかし――

「まかせて!」

 直後、そこへメルクリウス躍り掛かる。

(よし、これなら!)

 と、梓真は残る右腕の銃口を向けた。

 だが今度はオベロンの銃に弾かれ、右腕の表示も赤へと変わる。

(何が起きた!?)

 ダメージの蓄積があったとはいえ、ただ払われただけ。これほどたやすく破壊されるわけはない。

 体を起こしたオベロンは、マルスの胸に筒先を当てた。それは梓真にとっても馴染みの深い――

(そうか、パイルバンカーを……)

 近接武器としては軽量だが攻撃範囲リーチが短く、使用するチームは少ない。広敷たちはそれをライフルの先端に、銃剣さながら装着していた。

(俺はコイツを、見くびってた……のか)

 この男は、銃と打突武器を兼用で機体の軽量化を図るとともに、攻撃範囲の短さも補っていたのだ。

『危なかったよ。なかなかやるじゃないか』

 驚く梓真。宏敷の声だ。通信に割り込まれたのかと思ったが、音声はオベロンが発していた。

 どうやら向こうもこちらの評価を上げたらしいが、梓真にとってはどうでもいい。

「止めを、刺さないのか?」

 梓真も同じようにスピーカーで話しかける。

『本命には逃げられたことだし、君を倒すことにはなんの意義も見いだせない』

「……なあ、一つ、聞きてえことがあるんだが……」

『何かね?』

「人質の……彼女が撃たれると、どうなるんだ?」

『ふむ……』

 宏敷はいったん言葉を区切り、平坦な口調で続けた。

『現在彼女は他の機体と同様、シミュレーターによる仮想のダメージを受け入れている状態だよ。当たり所が悪ければ、修復不能……じゃないな、死亡という事態もありえる』

「ああ、そうかい」

 意外でもない、想像どおりの返答に梓真は苦虫を噛みつぶした。

『ではお返しに、私も聞いていいだろうか?』

「ああ、なんでも聞いてくれ」

『あれは、いったい誰が動かしてるのかな?』

 わずか十数メートル後方では、まだ戦いが続いていた。

 ディアナは敵陣の突破に成功し、その手前には盾となって敵を遮るメルクリウスの姿が見える。宏敷にはしてやられてしまったが、作戦そのものは順調といえた。ヴェルが助かる可能性は十分ある。

 でも、なぜ? チタニアに接近戦を挑むメルクリウスの手は、敵のライフルを握っていた。

「……あいつ、自分の武器はどうした?」

『ハンマーなら、さっきアリエルに投げ込まれたよ。おかげで右腕がオシャカだ。本戦も近いというのに、まったく……』

 宏敷の言うとおり、少し離れてうずくまる敵機のそばに、灰色の腕とメルクリウスの戦槌ウォーハンマーが落ちていた。

 激しさを増す強風に、投擲された戦槌は激烈な破壊力を生んだに違いない。

『……破天荒というか、ウチでは控えにもなれんよ、あれでは』

 とにかく、射撃能力を残した敵はあと一体、チタニアしかいない。

 修復を終えたのか、ようやくアリエルが立ち上がり、ぎこちなくい動作でメルクリウスの戦槌を拾う。

 だがそれも束の間、アリエルはメルクリウスの回し蹴りを背中に受け、そのまま起き上がらなかった。

(ありゃあ、向こうさん、あとで揉めるな……)

 ミランダもうずくまったまま動いていない。唯一残ったチタニアが、ライフルを槍のように繰り出す。それをメルクリウスに払われると、今度は怒りに任せて振り回し始める。

『……馬鹿が』

 陰にこもった舌打ちが鳴った。

 黒い銃器を雑に振るう二体のオルター。攻防は一進一退――といえば聞こえがいいが、実態は腕を振り回す子供のけんかと同じだ。宏敷の口ぶりから想像すると、操縦手は全員が実力者のようだが、あの猛々しいだけの動きは理緒のそれと大差ない。

(アレは、やっぱ六角だな)

 それでも経験の差からか、次第にチタニアの銃がメルクリウスの体を叩き始め、メルクリウスは防戦に追い込まれていく。

 そして、強烈な一撃がメルクリウスの左肩に命中、金属のひしゃげる甲高い音が響いた。

 だが、足元に落ちたのはチタニアのパイルバンカーの方だ。銃身も大きく折れて、もはや使い物にならないだろう。

『……お笑い種だ、まったく』

 チタニアの操縦者はライフルに取り付けたものの意味を理解できなかったらしい。軍用オルターの装甲に対し、銃器は強靱さで劣る。だから広敷は鈍器としての使用を避け、打突武器のパイルを装着していたのだろう。

 リミットまで残り六分。ヴェルを背負ったディアナの疾走が続く。

 ――これなら間に合う。

 ほっとして、梓真の口が軽くなる。

「……あいつ、レギュラー落ちか?」

『ふっ』

 オベロンが両手を上げる。

 その呆れたような仕草はあまりにも自然で、梓真はなんの疑いも持たなかった。

(なん……で――)

 気付いたのは、オベロンが狙いを付けた直後だ。

「輝矢!!」

 絶叫。

 同時にオベロンがトリガーを引く。

 ディアナの反応は素早かった。前傾姿勢から一転、振り向いて銃弾を正面で受け止める。一歩遅ければヴェルが被弾していただろう。

「てめえ……」

『あまり大人を信用してはいけない』

「輝矢!?」

「オベロンのライフルは破損した! 間違いないよ!」

「それじゃ――」

 オベロンはなぜ撃てた? 予備があったのか、

それとも――

「取り替えたのか、ミランダの銃と……」

 ミランダが停止したあの様子、思い返せば、どこか不自然だった。

『あれは阿澄くんだろう? ……さて、彼はどこまで耐えられるかな?』

「……っ」

 悔しさで奥歯が軋んだ。

 オベロンは再び銃を構えた。

「やめろぉ!」

 強引に、足と胴体だけで立ち上がったマルスだったが、オベロンの肘打ちで転がり、蹴り出されてしまう。

 その一瞬――

 視界の隅に何かがぎった。

(あれは……)

 梓真は後方に目を凝らしたが、それは見つからない。

 その間にも容赦のないオベロンの銃撃は続き、ディアナの体はこちらを向き続ける。ヴェルを庇うにはそれしかなかった。

 だが無慈悲にも、警告表示の危険域は徐々に拡大していく。

「このおっ!!」

 射線にメルクリウスが割り込み、銃弾を浴びながらオベロンへと迫る。

 しかし、宏敷のひとことが勢いを削ぐ。

『もう時間切れだぞ! 観念してはどうかね!?』

 その言葉に嘘はない。後ろ向きの走行はディアナの速度を大きく削っている。

 そのうえ応急処置を施した左腕の他、全身にいくつものダメージがあり、いつ足が止まってもおかしくない。

 メルクリウスもチタニアとミランダに引き倒され、オベロンは落ち着いてディアナに照準を定めている。

 身動きの取れないメルクリウスは魂が抜けたように無抵抗になっていた。

「理緒ちゃん! 諦めないで!」

 ふいに、真琴の叫ぶ声がした。

(なん……だ?)

『往生したまえ』

 しかしその余裕は長く続かなかった。

 おあっ、と間抜けな悲鳴を上げてオベロンは背中から倒れ、入れ替わりに出現した黒い影がアスファルトを駆け抜けていく。

(ポボス!)

 その口は何かをくわえていた。

『このクソ犬があ!』

 掴みかかるチタニアを、ポボスは軽やかなステップであざやかにすり抜ける。

『……いい動きですねえ』

 オベロンは銃口がポボスを追うが、その素早さに見切りを付け、ふたたびディアナに狙いを戻す。

 ところが逆に、銃撃を受ける。拘束されたメルクリウスがミランダを押しのけ、強引に銃口をオベロンに向けていた。

(ミランダも、本調子ってわけじゃねえのか!)

 梓真もマルスを立ち上がらせ、オベロンの背中に体当たりを食らわせる。

『悪あがきを』

 すぐにオベロンは体勢を立て直すと、飾りと化したマルスの両腕を掴み、勢いを付け放り投げた。

 メルクリウスの傍に落ちるマルス。その手が偶然、メルクリウスの右手に触れる。

「理緒……」

「ダメ、動けない……」

 メルクリウスの胴体にはミランダの足が絡み、銃を装着した左腕はチタニアによって封じられていた。

「お願い、立って!」

 またしても真琴が哀願する。

「……だってよ。なんとかなんねえか?」

「……」

「理緒ちゃん!」

『いいかげん諦めやがれ!』

 六角が吼え、オベロンの銃火がディアナを襲う。やむを得ず回避行動を取るディアナだったが、脚部に被弾し、その速度は目に見えて落ちてゆく。

「くっ!」

 もがくマルス。だが体勢は先ほどより悪く、容易に起きあがることができない。

 だが――

 その腕をメルクリウスが掴み、重ねた指でトリガーを引いた。

 射出されたパイルがチタニアを砕くと、今度は左腕の銃口をミランダに当て、もう一撃。

 自由を取り戻したメルクリウスは、オベロンに対峙する。

『理緒チャン、ヨクデキマシタ』

 ポボスののんきな声が届いた。

「あ、ありがと……?」

「いくよ!」

 輝矢のかけ声と同時にディアナが投じた何かが、薄墨色の空に白い花を咲かせた。

『今さら何ができる?』

 かすかに上ずるオベロンの声。銃身が焼き付かせ撃ちまくる。

 それをあざ笑うように、花はひらひらと舞って大きな弧を描く。

 そして――ディアナの体が動き出した。

「えっ……?」

 北北西の方角で安定した花、その正体はパラシュートだ。

 ロープに引きずられ、ディアナの体は橋の左に寄っていく。そしてかかとに火花を散らし、ぐんぐん加速する。

 絶句する理緒。梓真も同じだ。

 見る間にディアナの速度が増す。遠目にもわかる、異常な速さだった。

「……」

 瞬く間に点となり、ついには風景と化してしまう。その現実離れした光景に呆然としているのは二人だけではなかった。敵の機体も、北の方角を向きピクリともしない。

「輝矢……」

「現在、時速七十キロで加速中。もうすぐ橋を渡り終える。目標まで、あと七十メートル……五十……三十……」

 興奮した声が返る。

「十……演習区域突破!」

 言い終えると同時に、ゴーグルに大きく“CONGRATULATIONS!”の文字が表示され、チープなファンファーレとともに花びらの舞うアニメーションが始まる。東稜高SCCチームの勝利が確定した瞬間だった。

「梓真!」

 放心する梓真の隣で、輝矢が歓喜の声を上げる。

 抱きついてきたのは真琴だ。

「あはー!」

「おい……」

「もっと喜んでよ! 勝ったのよ、わたしたち!」

「……」

「理緒ちゃんも! ほら!」

「……先生…………」

 理緒もまだ、何が起きたのかわかっていないようだ。

「ヴェルも無事だよ。回復してきてる。間に合ったんだ」

「……ほん……と……?」

「もちろん!」

 梓真の胸に、ようやく勝利の実感がこみ上げる。

「勝った……」

「うん」

 短く答える真琴に、梓真はその顔をのぞき込むと――

「勝った!!」

「きゃっ!」

 突然の、抱擁のお返し。

 その後ろで輝矢も立ち上がる。

「梓真」

「……」

 あうんの呼吸で手を握る二人。おざなりだった広敷のものとは次元の違う、信頼の証しの握手だ。

 傍らでは、真琴が理緒と格闘を始めていた。

「ほらあ、理緒ちゃんもー」

「いえ、わたしは――」

「どーん!」

 背中を押され、よろけて二人に抱きつく。

「何やってんだ、おまえ?」

「仕方ないでしょ……」

 その膨れ顔に、梓真は思わず吹き出してしまう。

「おかしくないわよ!」

「……ああ、そうだな」

 だがこみ上げる笑いを堪えきれず、そのままうずくまってしまう。

「……梓真?」

「おーい、あっくーん」

「ほっといていいわ。おかしいのはコイツのほうなんだから」

 その言葉に、密かに梓真も同意する。

(……まったく、何悩んでんだ、俺は)

 理緒の正体が誰だろうと、一緒に笑って協力できる――今はそれで十分だった。

「ふーう……」

 ようやく腰を上げた梓真は、きょとんと見つめる三人に言った。

「さあ行こうぜ。……まだ終わってねえ」

 そう、戦いは終わっていない。避けることのできない対決があとに控えている。

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