練習試合

 ほどなくして、梓真たち東稜高メンバーは移動を開始した。

 彼らが決めたスタート地点までは直線では五キロ。だが、道は一度南東へ向かい、そのあと大きな弧を南西に描く。最後はクルマを停め、薄暗い樹木の合間を徒歩で進んだ。

「そう。あっちは真北を選んだワケだね」

 輝矢が振り返る。梓真は、

「ホームの、ハア……余裕ってやつだろ」

 と途切れる言葉を投げ、雑草を足場にして踏み出す。日照のない苔生こけむした山肌に、これまでなんども足を取られそうになっていた。

 一帯には緑と茶の原色が溢れる。生存を賭け、前後左右、天地にまで生い茂る木々の中で、自分が自然界の異物であることを否応にも痛感させられていた。

 一方、輝矢は案外と身体能力が高く、スラスラ話しながらも足が止まることがない。

「ま、よく考えてある地形だよね。二チームで対戦するのには理想的だ」

「そうなの?」

 前を行く理緒が訊ねる。

 輝矢は張り切って語り出した。まずは右手を東に向け、

「来る途中でわかっただろうけど、東は山の土砂で埋まってる。下りはともかく、下から登るのはなかなかやっかいそうだ」

 マップ南東の大森山で大規模な崩落が起きたのは十年ほど前。生活道路とライフラインが寸断され、この集落は移住を余儀なくされるほどの大災害となった。

 輝矢は次に左を向く。

「で、西は元ため池。小川の水量が減って、今は沼地になっている。こっちはオルターでも移動は不可能だね。特殊な装備でもあれば別だけど」

「じゃあ、わたしたちが真東を選んでたら、諏平チームはどこをスタート地点に選んだの?」

「沼を避けるギリギリの、北西か南西にしたんじゃない」

「……いや、何か理由を付けて、ハア……真北か真南に、するだろう」

 梓真が持論を述べる。立ち止まった二人にようやく追いつくことができた。

 森を抜け、樹木の絶えた天然の広場に三人はいた。ここが終点……ではなくスタート地点だ。

「マルス、ディアナ、始めてくれ」

 梓真は呼吸を整えて言った。それに応え、ニ体が設営に取りかかる。

「でも、何か暗黙のルールがあるって言ってなかった? 互いのスタート地点はなるべく遠ざけるとかなんとか。そんなこと許されるの?」

 理緒は、先ほどの梓真の推測に納得がいかない様子だ。

 二チームならフラッグを中心に互いを180度対角の位置に置く。三チームなら間隔を120度空け、四チームなら90度、36チームなら10度、……といった具合に等間隔に並べる。距離を置いた分、索敵や奇襲など、フィールドならではの試合の醍醐味を楽しむことができる。

「チームの監督なら、屁理屈をこねてでも有利にしようとするだろうさ」

「わたしたちに先に選ばせておいて?」

「余裕ぶってんのさ。カッコつけてんだよ」

「初対面、って聞いたけど、ずいぶんとわかったようなこと言うのね」

「……色々と広まってんだよ、悪い噂がな」

 それだけ言って、梓真はさらに一段高い岩場へよじ登る。

 特等席にはすでに先客がいた。

「よお。どうだった?」

「問題ナシ。イケル」

 揺れる尻尾からはらりと枯れ葉が落ちる。黒いボディーのところどころも泥にまみれていた。

 ポボスは偵察のため、先ほど昼食を取ったあの場所からここまで、自力で移動して来たのだ。

 梓真は双眼鏡を構え、足下から徐々に地平線へと視点を上げていく。

 北の方角にまっすぐ岩肌が晒されている。十年前、崩落したもう一つがこの場所だった。

 荒地は草木の侵食を受けながら緩やかに降り、一キロほど先では完全に樹木に飲み込まれている。

 下から声がした。

「梓真、どう?」

「いける、とさ」

「ここがフラッグまで一番の近道なの?」

「まあな」

 北に向かう“回廊”は倒木や土砂が目立ち、人が歩くには適さない。しかしオルターであれば話が違ってくる。何よりありがたいのは地面が乾燥していることだ。

「オ腹スイタ」

「ああ、たらふく食ってこい」

 バッテリーの準備もそろそろ終わっている頃だろう。

「トコロデ真琴ハ?」

「ああ……」

 そちらはまだかもしれない。

 梓真が確認しようとゴーグルに手を伸ばす。

 ちょうどその時――

「……みんな……ハア、ハア、……元気ね、……ハア……」

「……遅かったな」

 そこには、メルクリウスに支えられ、息も絶え絶えの真琴の姿があった。

 体力にはまるで自信のない梓真だったが、専門が国語と音楽の高校教師はその下をいくらしい。

「見捨テテキタ?」

「いいから、おまえはとっとと充電しろ」

 十二時まで、もうまもなく。

「大丈夫か?」

「……疲れたあ……」

 梓真が戻ると、丸めた毛布に真琴はバタッと倒れ込んだ。昨日と今日の運転で疲労が溜まっていたのかもしれない。

「あとはいいから、もう休め。帰りも運転してもらうんだから」

「……でも……試合が……」

「期待のルーキーがいる。安心しろ」

 そのひとことに理緒が振り返った。

「問題ないよな?」

「……も、ちろん……よ」

 試合度胸は申し分ない。一抹の不安があるとすれば――

 そこへ輝矢。

「もうすぐ時間だよ。……これ」

 ラップトップのモニターにSC実行委員会公式ウェブサイトが表示されていた。公式模擬戦の入力画面だ。

 チーム名“星川高SCC”に続いて、ポボスを除くマルス、メルクリウス、ディアナがそれぞれ点滅している。

 梓真はカーソルをディアナの上に移動させ、

「……じゃ」

 とパッドを叩いた。続いて再確認ボタンもクリック。“REALLY?”と入れ替わりに“準備完了”の文字が現れ、ディアナの文字色だけが赤に変わった。

「なんなの?」

「リーダー機の指定だ」

「リーダー? ディアナが?」

「名目上の、ね。もちろん実際の指揮は僕らがするんだけど、そういうルールなんだ」

「つまり先にリーダー機をやったほうが勝ちってわけだ」

 先進国の軍隊における歩兵隊は、人1、オルター3の割合で構成されている。分隊の最少単位は4。必然的に、三体のオルターは指揮官たる人を守護するフォーメーションを形作る。

 SCはその現実に似せて、リーダー機=仮想の人間を守り抜くことが勝利条件となっていた。

「じゃ、ディアナが集中して狙われるのね」

「どれがリーダー機かを悟られないようにはするんだけど……」

「配置やら装備やらで、だいたいわかっちまうんだよな」

 ルール上、動物型のポボスはリーダー機とはなれない。マルスは機動性と引き替えに防御力を犠牲にしたリスキーな機体だ。攻守にバランスのいいメルクリウスをリーダー機とすることもできたが、身を隠し距離を置く狙撃手タイプのディアナのほうがより被弾の可能性が低い。そしておそらく、それは相手にも自明のことだろう。

「まあ、いつものことだ。なんとかなるだろ。さて……」

 梓真は画面をマップに切り替える。

 赤い円には六時の位置に三つの光が一点に集まっていたた。中央にフラッグ、、そして真北に諏平チームのスタート地点。

 二つのチームはともに、谷間たにあいを挟んだ台地に陣を構えていたが、北と南でその地形はまるで異なる。梓真たち南側が中心近くまで山地が続くのに対し、北はすぐに崖。そのあとはフラッグまで平地が続く。

「これ、向こうの方が有利なんじゃないの?」

「いや、向こうは崖を降りるのに苦労するはずだし、低地も案外と入り組んでて、まっすぐは進めないよ。……一番早いルートはここ」

 輝矢が中心の少し右を指す。そこには断崖を渡す縦の棒があった。

「陸橋?」

「そう。これでこっち側まで渡って斜面を降りるのが、あの工場までの一番の近道だよ」

「そこから、来る?」

「それは――」

 そこで梓真が会話を打ち切る。

「時間だ。二人とも席に着いてくれ。……ポボス!」

「ジュンビカンリョウ」

 ポボスはすでに充電器から離れ、他の機とともにスタート位置にいる。

 その後ろには彼らの並べたパイプイスがあった。その座り心地に梓真はにんまりとして、

(良い気配りだ。褒めて遣わす)

 労いをゴーグル経由でマルスたちに送る。

 地面には掘った跡や詰め物など、安定するための工夫が見受けられ、座ってみるとほとんどガタつきがない。

 そしていよいよゴーグル内にカウントダウンが表示される。

「ポボス、道案内頼むぞ」

「リョウカイ」

「他の三機はポボスのあとに付く」

 時計の数字が9から8に変わる。8から7へ。6……5……4……

 時計が十二時ちょうどを指す。

「よし、全機発進!」

 号令一下、四機のオルターが力強い疾走を開始する。この光景だけは、何度見ても胸が躍る。

「……速い」

 理緒がつぶやいた。

 速力の差でポボスがリードを広げる。例えるなら人型の三機は陸上の短距離選手、ポボスは大型の猫科動物そのものだ。

 躍動する一列の影は山道を一直線に下ってゆく。

 梓真は瞬く間に姿を消す彼らを見届けると、グローブで仮想のキーボードを叩いて画像を閉じた。

「やれやれだ。慌ただしかったが、ともかくこれで一段落。四キロ地点までは何もないだろう」

 誰ともなしにこぼした言葉に、輝矢が応える。

「これもあちらさんの作戦なんじゃない?」

「……かもな」

 試合開始を早めたため、碌な打ち合わせもしていない。

「で、向こうはどう来るか、だが」

「僕らがどう来ると思ってるか、によるよ」

「どう思ってると思ってるの?」

 理緒が混ぜっ返した。

 と、思いがけないところから返事が来る。ポボスの通信だ。

『ザッ……タシヲ見テ……』

「なんだって?」

『六角ガ、ワタシヲ観察シテタ』

「……なるほどね」

 ニヤついていた六角の顔を思い出す。

 少数チームでの対戦には必勝法が存在した。足の速い機体で先行し、フラッグを奪取、戦わずにそのまま逃げ切る――というものだ。

 本戦では、未だ成し得たチームは存在しない。あくまで練習試合専用のプランと割り切るべきだろう。

「ポボスでその戦法をやると疑ってるのね。で、本当のところ、どうなの?」

「そのつもりはなかったけど、相手がそのつもりなら、試してみる?」

「コラコラ」

 どう戦うべきか、ともかく判断材料がほしい。

 梓真はポボスからの映像を映した。

 ポボスのカメラ位置は低く、通常、人間なら目に入らない雑草や低木が視界に入り込む。それらは上下に揺れながら高速で接近し、画面外へと消える。さながら小人が森のジェットコースターに乗り込んでしまったかのようだ。

 視界の全方位から迫るその映像は、梓真に強烈な乗り物酔いを起こさせた。

 堪えきれず、慌てて画面を切る。

「……ふう」

「どしたの?」

「いや、なんでも……うっぷ……。なあ、マップを映してくれねえか」

「……? わかった」

 ゴーグルに表示しないのは、情報を共有するためだ。それを理解したのか、理緒も輝矢のラップトップをのぞき込む。

 円の下側に、中心を目指す四つの光点が確認できる。

 先頭のポボスは道半ば。試合開始からは五分が経過していたから、荒れた山中を時速三十キロという驚異的な速度で移動していることになる。

 それをかなり遅れてマルス、メルクリウス、ディアナが追う。ポボスに比べて装備が重く、二足歩行というハンデもある。さらに彼らにも重量差があり、三つの光点も間を広がりつつあった。

「マルス、メルクリウス。移動速度をディアナに合わせ、相対距離を現在のまま維持しろ」

 ポボスの先行は変わらず、三機をぐんぐんと引き離す。フラッグのある工場を監視できる位置まではさらに五分強。急いで作戦を立てたい。

「順調だね」

「ポボスってすごいのね。十キロ四方を借り切るなんて大げさだと思ったけど、これなら納得」

「……じゃあ今度は、敵さんの装備を見せてくれ」

 輝矢がページに切り替え、四分割されたウィンドウに諏平工の四機のオルターが映る。

 オベロン、チタニア、アリエル、ミランダ。

 四機とも、ほぼ同型の重装甲で、頭部には識別用の数字がペイントされていた。

「ポボスより速いはずはねえ。へたすりゃディアナより遅い」

 いかにも鈍重そうなオベロンの姿を思い出す。もしかして、わざわざ披露して見せたことにも何か意味があったのだろうか?

「梓真。ちょっと思ったんだけど……」

「ん?」

「この機体、メタトロン社の新型じゃない?」

「……おまえ、メタトロン社の新型っていや、アメリカ軍の次期主力だぞ。んなわけが……」

「さっき動いてるので確信したんだ。前に見たアメリカの広報映像とよく似てた。わからないように装甲は取り替えてるけど、体のバランスは変えようがない。間違いないよ」

「んなこと……」

 ありえない、とは言い切れない。

 なぜならSC自体が、発展途上にある歩行兵器の運用実験という側面を持つからだ。素人の用兵や戦術が、思いも寄らない効果を生むこともある。そのため参加チームに某国現役の兵器・軍人が紛れているとの噂が絶えなかった。

「でも、どうやって……」

「一応、優勝候補の一つだからね。アメリカかメタトロンかはわからないけど、国外の貴重なデータがとれる。あの教授のほうは……」

「賞金と名誉を手にできるわけだ」

「まあ、断る理由はないよね」

「つまり、わたしたちはこれから……」

「ああ。世界最強の機動歩兵と戦うわけだ」

「……」

「降参すっか?」

「しないわよ。しない……けど……」

「なら、勝つしかねえな。……連中のうち、誰が作戦を立てていると思う?」

「あの教授でしょう?」

「いや、六角先輩かも?」

「何か情報はないの? こんな戦い方をする、みたいな」

「輝矢、知ってるか?」

「案外オーソドックスな戦術を取るらしいけど」

「他には?」

「意地が悪い!」

「対戦経験のあるチームから聞いたのも、それだったな」

「どう悪いのよ?」

「むっとして、それ以上言わなかったぜ。口止めでもされたんじゃねえの」

「……」

「今は時間がない。単純なところから考えようよ」

「そう、だな」

 単純、と聞いてまず思い浮かぶのは六角だ。

「あの人は、ポボスがフラッグを持ち逃げすると思ってるのよね?」

「なら、ポボスが工場から出たところで狙撃かな」

「いや、間に合わねえだろ。やつらが着く頃にはポボスはここに戻ってるぞ」

「となると、フラッグがポボスに運搬できないような形をしてるか、重さがあるのか」

「え? フラッグって旗じゃないの?」

「一応、制限があるけどね。ちょっとアバウトだけど、大人が運搬できる形と重さって」

「にしたって、旗以外なら普通はバッグとかスーツケースなんだがな」

「あとは、ワナが仕掛けてある、とか」

「それ、ちょっと卑怯じゃない? 向こうのホームだからって」

「だが……」

 あの六角がやりそうなことではある。

 そこにポボスの声が届く。

『フラッグ、見エナイ』

「もう着いたのか」

 ポボスからの映像は、高台から青い屋根の工場を見下ろしていた。ポボスの言うとおり、フラッグらしき物は敷地のどこにも見あたらない。

(先を越された? ……いや……)

「今確認した。フラッグの信号は屋内からだよ」

「だよな、やっぱ」

 輝矢はマップを拡大したようだ。梓真も映像に重ねてマップを表示する。

『入ル?』

「いや、その場で待機、周囲を警戒」

『リョウカイ』

 工場のある場所は低地の南寄りにある。直線で接近すればすぐに発見されてしまう。それとも迂回して陸橋から?

「さて、どこから来る?」

「指揮が六角先輩だったら、陸橋を渡るね」

「広敷教授なら?」

「もうひと工夫するんじゃない? そうだなあ、陸橋の途中でパラシュート降下とか」

「なるほどな……」

 だとすると、今のポボスからは死角になる。

 マップに目をやると、三つの光点はポボスにかなり近づいていた。

「工場はマルスとメルクリウスで探る。ポボスはディアナと、陸橋を見張れる位置に」

 カメラ映像を消すと、うなずく輝矢の横顔があった。梓真に従い、四つの光点は二手に分かれ移動していく。

 すると早々に報告が入る。

『発見。敵、フタツ』

「どこだ?」

 マップに赤い光が二つ加わる。陸橋の、フラッグに近い南寄りの場所だ。

「……意外と速いな」

 ポボスからの映像にも、陸橋の歩道に伏せる灰色の人影が二つ。ポボスとの相対距離は、ともに五百メートル強。すると彼らから工場までは約七百メートル。狙撃するには距離があるが、敵オルターは動く気配を見せない。

(それとも、そんだけ強力な装備をしてんのか……)

 映像の拡大で、頭部の番号がそれぞれ“1”“3”と判別できる。機体はオベロンとアリエルだ。

 梓真は輝矢の頭越しに声を掛けた。

「理緒」

「何?」

「あいつらから見付からない、ぎりぎりのところで待機していてくれ」

「わかった」

 マップのマルスとメルクリウスは、まもなく山地を抜ける。

「僕らにフラッグを取らせたいみたいだね」

「そこを狙い打つ、と。露骨過ぎやしねえか?」

「それは、わからないよ」

「……」

 画像を拡大すると、太マッチョの右腕に身長を超す大型ライフルが確認できる。

「二機とも重装甲に長射程のライフルか……。気にいらねえな」

 すると輝矢が笑いながら、

「それ、ただのコンプレックスじゃない? 別に悪いことじゃないでしょ」

「歩兵の役割は屋内の探索だぞ? 機動性優先だろ」

「条件にもよるよ」

「二人とも、おしゃべり終わり。ほら、ディアナが位置に着いたわ」

 いつのまにかディアナの光点はポボスと重なり、マルスとメルクリウスもフラッグの南、約百メートルの地点に到着している。

「そこから狙えるか?」

「もちろん」

 ポボスの視界が射撃姿勢をとるディアナを映す。ライフルの有効射程は五百メートル。その圏内に敵はいる。

 頭にふと、あることが浮かんだ。

「輝矢。判定に細工することってできるのか?」

「……ま、できなくもないかな。送信するデータの装甲を厚めに変えて、実際より頑丈にするとかね」

 練習試合では模擬弾はおろかペイント弾の使用すらできない。代わりに飛び交うのが射撃判定用レーザーだ。競技用ビームライフルに似ているが、SCにおいてはより収束率の高いレーザーが用いられていた。

 レーザーがレプリカ銃から射出されると、攻撃側のカメラ、銃の種類、距離と高低差、防御側の装甲性能を基に判定が行われ、その結果は防御側のオルターへとフィードバックされる。ダメージを負ったオルターは、その度合いに応じ動作制限を受けるのだった。

 装甲の防御力はオルター自らが計算し送信されるが、少し知識のある者なら数値の改ざんは造作もない。

「バレたら顰蹙を買うし、運営側からペナルティを受けるから、普通はやらないけど」

「……そうか。そうだな」

 梓真はひと呼吸おいて、映像をマルスのカメラに切り替えた。

 そこは影が深い木立の中。左に見えるメルクリウスは、立て膝のまま微動だにしない。目標の工場は視認できるものの、群なす雑草が行く手を阻んでいる。

「ポボス、残りの二機を探してくれ。マルスは前進させる。ゆっくりとな……」

 視界が揺らいで緑を抜け、さらに後ろへ流れていく。

「梓真……」

「確かめてみようじゃねえか、あちらさんがどうしたいのか。……メルクリウスとディアナは待機だ」

「わかった」

「気をつけて。残りの二体も近くにいるはず」

「ああ」

 マルスは荒れた田圃を掻き分けながら慎重に歩を動かす。

 もちろん警戒も怠らない。移動をマルスに任せ、梓真は辺りを見回した。かつての田畑には背丈もまばらな雑草が生い茂るが、密生はしておらず、敵が潜んでいる様子はなかった。

 敵が隠れるとすれば、古びた民家のどれかだろう。

 右にカメラを振ると、天地の狭間を陸橋が埋めていた。適当に当たりをつけてズームしてみるが、敵の姿は確認できない。

「輝矢、敵の動きは?」

「奥の一体はそっち、手前のはこっちに狙いをつけてる。ディアナが見つかったとは思えないけど……」

「…………」

 もし橋上からの射撃が始まれば、マルスを退却させ、南から全機で攻撃させるつもりでいた。

 不気味なのは、所在不明の敵の二機だ。時間的には考えにくいが、工場に潜んでいる可能性もゼロではない。

「理緒、メルクリウス発進。マルスと合流させてくれ。急いで」

 返事はなかったが、メルクリウスは移動を開始した。

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