つくもかみ

八助のすけ

第1話天川村ってどこ!?

「蒼、行ってくるわよ」


 少し冷えた室内の空気を、布団からわずかに出た頭頂部で感じながら津雲 蒼(つくも あお)が「うん」と返事をする。


「今日も学校休むつもり?」


「うん」


「……そう、じゃあ家の事よろしくね」


 母の晶子はそれだけ言い残して、蒼の部屋から出て行った。

 学校へ行かなくなったのはこれで三回目だ。中学の頃に二回、そして高校二年の夏。そう、蒼は夏休み前から学校へ行かなくなった。べつに大義名分な理由などは無かったが、とにかく学校に行く度に体調が悪くなる。病院で検査をしても原因は分からず、結局、心因的なものだろうという事で片付いた。

 二度寝するには目が冴えてしまった蒼は、ベッドの上に座り、寝癖が踊っている頭を掻いて伸びをした。


「ニャーン」


 布団の上で寝ていた飼い猫の花が、一声鳴いて同じ様に伸びをする。


「ハナさんメシ食う?」


「ゴハーン」


 花は「ごはん」や「なぁに」や「おはよう」など、人の言葉に聞こえる鳴き声を出す。まだ蒼が生まれた頃、いつの間にか庭に現れそのまま家猫になった。一体どこから来たのか何歳なのかもわからないが、美しい純白の毛並みはずっと変わらずで、家族の中では蒼に一番懐いていた。

 チリチリン、小さな鈴の音を響かせながら、いつものように蒼の後を追ってリビングへと入る。そのまま躊躇なく椅子に飛び乗りダイニングテーブルへ前足をかて、朝食はまだかと鳴き始める。


「はい、ハナさん」


 花は皿を床に置いて食べない。人と同じようにテーブルに置かれた皿から食べた。蒼も花の隣りに座り、母が用意してくれた朝食を食べた後、食器を洗い洗濯を始めた。

 蒼の母は看護師で、夜勤や日勤を繰り返しているため、幼い頃から家事のほとんどを蒼がやっている。父はまだ蒼が母のお腹にいる頃、事故で亡くなったと聞かされているが、それが何の事故なのかは知らない。その時一緒にいた祖父も一緒に亡くなっている。父の実家には行った事も無いが、今は曽祖父が一人で暮らしていると聞かされていた。

 津雲家は、祓い屋をしており、古から続く家柄で、時の権力者に贔屓にされていたらしい。しかし、そんな「祓い屋」が一体何なのか、蒼は所謂オカルトや心霊といった事に全く興味がなく、先祖が何をしていたか知りたいとも思わなかった。

 洗濯が終了するまでに掃除機を終わらせると、毎朝のルーティンは終了する。掃除機をかけようとスイッチを入れる瞬間。


「ニャーー」


 花が大きく鳴いた。


「ハナさん? 誰か来た?」


 花はとても感の良い猫だった。人が訪ねて来る時や電話が鳴る前、何か危険が降りかかりそうな時にも、こうして一声鳴いて知らせることがある。蒼が掃除機をかけるのをやめた瞬間、尻に僅かな振動を感じた。


「あ、電話か」


 蒼はスウェットの後ろポケットからスマホを取り出した。画面の表示は母の「晶子」となっている。


「ショーコさん?」


「蒼、典章さんが亡くなったって」


「へ? 本家の?」


 津雲 典章。津雲家の当主で、蒼からみたら曾祖父に当たる人物だ。本来なら父が当主となるはずだが、典章の孫にあたる父典弘も、また息子である典隆も、既にこの世にはいない。一人暮らしの典章が部屋の中で倒れているのを、近所に住む人が見つけた時には既に亡くなっていた。


「直ぐに着替えと制服を持って天川村に向かって、行き方はLINEするから」


「え? え? 待って、ナウって事?」


「そう」


「ショーコさんは?」


「私は勤務が終わり次第、車で向かうから」


 じゃあよろしくと言って通話が切られた。


「マジかよ……天川村ってどこ?」


 直ぐラインに本家の住所と、最寄駅が送られて来たが、地図で検索し気が遠くなった。奈良県吉野郡天川村。おおよそ8時間の大移動になる。


「ニャーン」


 大きなため息を吐くと、花が自分も連れて行けと鳴いた。


 つづく

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