39.寝坊

「おーい! シェミハザ! 王都、楽しんでいるか?」

開けっ放しになっている窓から、知り合いの男の声が大音量で鳴り響いた。エイブラハムさん……いやエイブラムスさんだったか? その爆音は俺を微睡みから強制的に引き上げた。

昼寝(昨日の夜から一度も起きていないから昼寝と呼べるのかは分からない)から目覚めた俺は、正直全く起きたくない気持ちを叱りつけて上体を起こした。


声の主の方へ窓枠から身を乗り出すより前に、仲間の姿を探す──が、アレーナもクエレブレも部屋にはいなかった。そういえば買い物に行くとか言ってたな。俺も連れていってくれればよかったのに。いや、昨日練兵場を破壊したり復旧させたりと勝手に動き回った仕置きかもしれない。


中庭部分にいるエイブラハムさんに雑に手を振ると、再び大音量が返ってきた。


「まだ寝ているのか!? 流石にどうなんだ、冒険者として!」

ぐうの音も出ない。ど正論だ。

いつでもどこでも、なんなら自分の意思に関わらず寝入ってしまう俺の体質は考え物だ。しかも一度寝付くとなかなか起きない。冒険者としてどうかといえば、まさにその通りではあるのだが……別に誰かと待ち合わせしているわけでもなし、自由に動けるのが冒険者の強みなのだからそれこそいいだろう。


「今起きようと思っていたところです! 着替えて依頼でも受けようとしていました!」

起きようと思っていたは大嘘である。眠っているのにどうやって考えると? やることがないから依頼を受けようと思っていたのは、半分くらいは本当だ。正直寝ようと思えばいくらでも寝られるが、まさに目の前で起こそうとしている人がいるのに寝るのはよろしくない。


亜空間から外出用の服を一式取り出して着替え、寝間着を代わりに収納する。何度目になるのか分からない台詞だけど何度でも言おう。まっこと魔法とは便利なものよな。

念のため一度部屋に不備がないか確認して、部屋を後にする。 アレーナ達に何か書き残しておいた方がいいかな。筆記具なんて高価で使いどころが少ない代物は当然ないので、魔法で壁に「シェミハザより。出掛けてくる」と書いておいた。これでよし。光魔法だから壁が汚れることもない。

それから、また俺だけに見える光柱をここに出しておくことにした。極度の方向音痴であることはしっかり自覚済みだ。



諸々の支度を終えて中庭に降りてくると、エイブラハムさんが俺の格好を見て驚いていた。


「鎧を着ていないお前は初めて見たな……」

「ああ、そういえばそうでしたっけ。事情が変わったんですよ。鎧の気分じゃないな……となる日もあるんです」

俺が今まで街中でも賞金首狩りでも頑なに全身鎧を脱がなかったわけは非常にシンプルだ。

盗まれる。

大枚はたいて買った鎧を盗まれると、当たり前だが非常に気分が下がる。まあ、もう魔法が使えるようになり、亜空間に収納できるんだから野暮用なら必要ないだろう。


それよりも。

何故置いてきぼりの俺がここでエイブラハムさんと談笑しているかの方が状況的にはおかしい。


「なんでエイブラハムさんがここに? 毎朝俺を起こす係に任命でもされたんですか。もう昼ですけど」

「それがだな……」

「──タニアさんから魔王アザゼル討伐に参加するよう頼まれた、とか」

「尋ねる前にもう答え出てるじゃないか。少しだけ雰囲気は違うが……正確には『もうアザゼル討伐に名前書いといたから来てね!』だな」

容易に想像できる。

そういうことをする人だからこそ、紫ランクじゃない俺がアザゼルの討伐本隊に加われたんだろうけど。



「どうした? 手配書を取るんじゃないのか?」

やって来た理由はわかった。だけどなんでどこまでもついて来るんだ? この人。


 

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