34.金対赤

思い返せば、魔法を使ってこうやって戦うのは初めてだ。魔法師であるのに物理攻撃で何でも解決していたからな。


心底楽しそうに笑うタニアを見据える。

相手も黄金ランク、さぞかし強いのだろうが……傲慢にも俺は、自分が膝を折る姿を全く想像することができなかった。紫ランクと金ランクの差はどれくらいなのだろうか。


素手で魔法を使っても無問題、だが敢えて背中の大鎌を杖のように使うことにした。

武器の構え方ではなく、だらんと手にぶら下げて構える。


「始めていい? じゃあ――」

予備動作なしでタニアの手から複数の風の刃が生まれ、砂地を切り裂くようにして俺に襲い掛かる。レメクの魔弾よりもずっと速く、強い。


「エンチャント・ウィンド」

俺の体に肉薄する直前で鎌に風を纏わせ、体の前で薙ぐようにして相殺した。一瞬タニアの目が見開かれる。が、身体強化魔法の掛かった飛び蹴りが間髪入れず頭に飛んできて、俺は脚を掴んで地面に叩きつけた……だが感触がない。


「やっばいね……でも、次はどうっ!?」

タニアは素早く受け身をとってひとことふたこと唱え、魔法陣を出現させた。詠唱する前に魔法陣に刻まれた魔力を読み取り、魔力を流して陣ごと破壊する。


俺はほぼその場から動かず、タニアはあちこち動き回っていた。さきほど見せられた身体能力からいって、体力消耗など端から期待してはいない。

魔力と殺意のたっぷり込められた追尾式爆発魔弾を弾き、鋭く隆起する地面を踏み砕く。その間にも体術を用いた攻撃は延々と仕掛けられていた。

俺が魔族だと気付いているのか? 明確な殺意を感じる。


「本当に俺のこと殺そうとしてません?」

「『まだ』殺す気はないよ!」

殺す気はあるが、周りに配慮した攻撃であることは俺にもわかった。そうでなければこんなすぐに躱される魔法は撃たない。

俺もたださばき続けているだけではない。傍から見たら防戦一方に見えるかもしれないが……タニアの攻撃は俺に負傷を負わせられておらず、逆に俺の反撃は時折相手の肌を掠め、焦がし、削ぎ取っているのだから。俺は頃合いを見計らって魔法の効果を反射させ、その後に身体拘束と魔法封印を同時に掛ける手筈を整えていた。数工程かかる術なので、攻撃を受け流しながらだと少々時間がかかる。今のところ構築を気取られている様子はない。


 肩を持っていこうとする礫をかすりもさせないで躱した頃、発動に必要な魔力が練られきった。これで次の魔法を反射させれば、それがきっかけとなって魔法の発動を完全に封じることができる。


「そろそろ幕引きでも……イイでしょ?」

魔法陣を幾重にも重ねたものが俺の頭上に出現する。読み解けば、溶岩の雨を降らせるようだ。今回初めて使われた広範囲魔法である。

魔法陣は複雑になればなるほど、読み解くのも魔力で妨害するのも難易度が上がる。俺にとってはわけないことだが、反射のために敢えてそのままにしておいた。


普通避けるだろうところを、相変わらず一歩も動かない俺。それを諦めだと考えたのか、さらに効果を重ねて溶岩の威力を増すつもりのようだ。

魔法陣が弾け、赤黒い高熱の液体が俺の真上から降り注いだ。


「そう来ると思ったね。反射リフレクト

「……うそ、今!?」

相手の表情に焦りが浮かび、反対に俺は自然と口角が上がる。

俺に浴びせられていた溶岩の雨は、いまや物理的にはあり得ない──しかし魔法的には起こり得る──挙動でタニアに向かって猛突進していた。タニアが溶岩を冷やしていなすまでのわずかな間に、構築がとっくに終わっていた拘束魔法を発動させる。


いよいよ慌て始めるタニアの手足に光の縄が巻き付き、行動を制限する。魔法も物理も通用しない、強力な拘束魔法だ。

拘束しただけでは勝敗がつかないことも考え、死なない程度に氷結か、それとも電撃かでダメージを与えておこう。


これで勝ちだ────



「……練兵場を破壊するなど、何を考えておるピルゴスッッ!!」

勝利を確信した俺のとどめの魔法は、突如乱入してきた老人の大声に遮られた。咄嗟に発射寸前の手元の魔力を霧散させる。


「ぶっ壊したのは僕だけじゃないって!」

タニアは縛られたまま、俺の方を眼球だけで示して叫んだ。ピルゴスというのはタニアのことらしい。

練兵所を破壊……? 保護の防壁を張るのは余裕があると見られたくないためにしなかったものの、細心の注意を払って戦っていたはずだが。俺が冷静になって辺りを見回すと、楕円の練兵場は地面に断層ができてほぼ全壊しており、観戦していたはずの他の冒険者達は全員いなくなっていた。俺が魔法を跳ね返した地点などは魔力の結晶が生成されている。

大規模な魔法は使っていないが、なるほど責任の一端は俺にもあるだろう。


「そも、何故縛られておるのだ。お前ほどの術者が……他人にやられたとは考えられぬ。まさか自分でやったのか!?」

「なわけないでしょ! 戦ったの、ほら、そこの子と!」

物語に出てくる賢者のように白い髭と髪を長く伸ばした老翁は、俺のことが視界に入っているのかいないのか、タニアの状態を見て首を傾げている。タニアは俺を指差そうとしたものの、身動きがとれずに僅かにもがくだけだった。まだ拘束したままだったことに気付き、俺は拘束魔法を解いた。


「だからぁ!」

タニアは痺れを切らし、ぼんやりと突っ立って老人とタニアのやり取りを見ていた俺の方につかつかと歩み寄る。マントを掴まれ、俺の上半身が横に曲がる。


「この子に、僕が、負けたの! 魔法勝負でだよ? ほんっと、信じらんない……手加減してたし」

「信じさせたいのかお前自身が信じられないのか、どっちかにせい」

子供扱いされて少しむっとしたが、俺の力を貶されたわけではないので別に気にしない。


「えー……と。そう、です。俺も壊しちゃった……と思います。すみません」

結局怒られるという状況になることは間違いなさそうだと判じ、先に謝った。練兵場……弁償か、それとも投獄されるとか。タニアが先に仕掛けたからお咎めなしとはならないか。ならないな。


「嘘ではなさそうじゃな。タニア・ピルゴスに勝てる者がいるとは驚いた。しかしまあ、こうなった経緯を聞かせてもらわねばなるまいて。瓦礫の回収と軍部への説明は儂の部下が行うから、そこの2人は儂について来るように」

肩を竦めて、タニアは老人の後について行く。俺も渋々その後を追った。

やってしまった…………。

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