33.騙り

僕の名前はタニア・ティラ・ピルゴス。名実ともに冒険者の頂点と言われている金ランクの冒険者をしている自称うら若き乙女だ。


黄金ランクは伝説だとか、実在するのかとか言われることもあるけど。僕からしてみればごく自然なことで、噂になるほどのことじゃないと思ってる。

確かに実力に自負はあるし、ギルドも……国家権力すら僕にはなかなか口を出せない。自由にやらせて貰っているとは思っているし。



セバルドの冒険者ギルド支部から、街に潜伏していた魔族の討伐と、魔王アザゼルの捜索及び討伐依頼が出された。それと同時に、弟子のエイブラハムから「街に潜伏していた上級魔族を討伐したのは、シェミハザという新人だ」という手紙が届いたのだった。


ふたつ返事でアザゼル討伐を了承、転移魔法ですぐに王都に向かった。長い間アザゼルの捜索を行わないかという話は出ていたものの、表面的な被害がないと突っぱねられ、討伐隊を組む予算が出ていなかったのだから願ってもない話だった。

シェミハザとかいう新人については、名前を見ただけで笑い出してしまった。


はなはだ可笑しな話だ。

ギルドの方から、とある魔王が勇者一行に討伐されたと聞いている。そして、その名がシェミハザであるということも極秘ではあるが知っていた。


まあこれでも魔族ハンターと呼ばれる身、放っておくわけにはいかないんだけど。エイブラハムから手紙を貰った時はそれほど興味が湧かなかった。上級魔族を単独討伐したとはいっても、黄金ランクに到達できるほどの逸材かどうかは実際に会ってみないとわからないから。


件のシェミハザくんがアザゼル討伐部隊に参加すると知った時、既に名を連ねていた僕は名簿を取り寄せた。

しかし、シェミハザという文字列はどこにも載っていなかったのだ。どうしたんだろうと思えば、魔王アザゼル討伐本隊の方ではなく、何故か偵察部隊の方の名簿に名前が載っていた。どう考えても実力に対して部隊が見合っていない。冒険者登録をして日が浅いらしく、ランクは赤だった。杓子定規な冒険者ギルドの割り振りではまあそうなるだろうな、と考えれば納得する。


本隊の方に引き込もうと会議の様子を覗いてみれば、明らかに他とレベルの違う濃密な魔力を纏った青年が、建物ごと消しかねない様子で不機嫌そうに立っていた。漆黒の鎧に包まれたかなりの長身、褐色の肌に白い長髪。ただでさえ目立つ容姿の上、その魔力。一目でわかる、彼がシェミハザだ。


人間ではない。魔族……魔族であることは確か。倒すべき相手である。

角は魔法で隠しているのかな。魔法破りは──失敗。対魔力は目を見張るものだ。魔族同士の争いなんて珍しくもないので、この場所にいること自体には驚きは少なかった。魔族ハンターである僕だけど、彼は暫く泳がせておこうと思っている。


性格は、一言でいうと子供。鼻っ柱を折られないまま育った紫ランク上位や金ランクだと割とよくいるタイプで、かくいう僕もしっかりと大人であるかどうかは自信がない。その中でも特に幼い気がする。よく言えば伸びしろがあるというか、話をすれば素直に聞いてくれたのが幸いだった。こんな冒険者ギルドの中庭で殺し合いなんてまっぴらごめんだよ。


恋人かただの仲間か、隣にいる女の子の方がずっと大人びているように感じる。彼女は偵察活動に天賦の才を持っているようだけれど、実力でいえば青ランクの中の中。紫ランクが主体の本隊に参加するにはいささか足りないところだった。シェミハザくんは彼女──アレーナくんを頼りにしているように見えたから、一緒に誘ったけれど。



シェミハザくんを泳がせようと思った理由は2つある。


1つ目は、今のところこちらに敵対する意思が感じ取れないこと。いや、最初のアレは不味いかなとは思ったよ。まあ他の魔族みたいな即敵対、即攻撃みたいな感じはしない。


2つ目は、魔族の中でも彼が異質だってこと。

ここまで魔力探知能力に優れているのは、魔族でも見たことがない。本当に魔族なのかな……初めて自分の判断を疑った。魔力は魔族っぽいんだけど、どこか違和感があるような。僕のことも、最初からずっと訝しげに見ていた。

……もしかしたら、僕の正体も見破っているのかもしれない。それは考えすぎか。今のところ僕の秘密については誰にも気付かれていないはずだから。


ともかく、アザゼル討伐についてひと段落つくまでは友好的な関係を築いておきたいと思っている。最終的に裏切ることになったとしても、僕は人類の守護者であらねばならないんだ。




長耳族の双剣士に格の違いを見せつけ、後方で初戦をつまらなそうに眺めていたシェミハザくんの方を指さしてにっこりと笑う。鳴りやまない歓声も、慣れてしまえば木々のざわめきと変わらない。


「次は指名していいよね! シェミハザくん、ちょっと降りて戦わない?」

驚いたような表情。そして赤い眼の、蛇のような瞳孔がスッと細まる。経験上、これは戦いに乗り気な時だ。


その次の瞬間、視界から文字通り姿が消え、そして同じ砂地にシェミハザくんが立った。消耗の大きい転移魔法をたかがこんなことに使う余裕、底の知れない魔力の質量。それだけで練兵場が一気に静まり返った。


「……よろしくお願いします」

「久しぶりに、愉しめそうな戦いになりそうだね!」

癇癪持ちながらも意外に礼儀正しく、勝負の前に頭を下げるシェミハザくん。

戦いの気配で、周囲の温度が一気に下がるのを感じる。

全身に魔力を送りながら、僕は練兵場の心配をし始めるのだった。

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