28.出立

「………さま…………」

遠くから誰かの声が聞こえる。


「シェ……ザ様……」

アレーナだ。

呼ばれているのか。俺ではない名が。

それにしても眠い……。

寝かせてくれ…………。


「シェミハザ様!!」

「……うう……起きます……」

ずっと寝ている訳にはいかないか。転がるようにして起き上がり、目を擦りながら周囲を見渡す。身体を起こしたことでベッドがかなり軋み、少し目が覚めた俺は状況を把握し始めた。


知らない天井だ。セバルドで滞在していた宿屋でもない。

それはそうだろう。俺の最後の記憶は天幕で寝たところまでなのだから。言わずもがな天幕でもない。


「5日間も眠り続けてたからびっくりしちゃった。もう起きてこないかもしれないと思って、心配だったよ」

「5日!? いくらなんでもそれは眠り過ぎだろう」

体感だと少し寝坊したくらいかと思っていたのに。寝坊とかいうレベルの話ではなかったらしい。1日寝なかったのがこたえたかな。


「ここは街の中心部にある宿屋よ。懐があったかくなったものだから、結構上等な部屋取っちゃった。良い部屋でしょ」

アレーナは広い部屋の中央で両手を広げた。言われてみれば窓が付いていて明るいし、ベッドもふかふかで寝心地が良い。再びベッドに倒れ込もうとすると手首を掴まれて阻止された。


5日も眠っていれば、状況もそれなりに動く。

聞くところによると、突然の襲撃を受けたこの街も、復興のために動き出しているようだった。


「謝礼もかなり貰ったから。収納の空間に入れといて」

と、ジャラジャラ音がする布の袋をベッドの上に雑に投げた。金貨が大量に入っている。暫く討伐などしなくてもいいくらいの大金だ。亜空間に入れると、アレーナが話し始める。


「アザゼルの情報についてはね、冒険者ギルドが動くらしいんだけど。情報収集、セバルドじゃさすがに復興で手一杯で難しいらしいから。冒険者ギルド直々の依頼扱いで王都まで行くっていう話」

「王都?」

「セバルドよりももっと大きい街。なにしろ首都よ? 元々風来坊だから寄ったことはあるけど、なかなかの出世だとは思わない?」

王の都、だから王都。

短い滞在だったが、セバルドにもお別れか……そういえば、武器屋の人は無事だろうか。出店は当分なさそうだから、安否を確認する暇なんてなさそうだけど。


「ほら、冒険者ギルドからの書簡も貰ってきたし。魔族を討伐した功績として、特例なんだって。結局アタシ達が自力で情報集めることになってるけど、協力は得られるみたいよ」

王都にある冒険者ギルド本部でこれを見せることで全面的な協力を得られるそうだ。対魔族のために集めた冒険者達の部隊に合流するのだとか。

……俺が行ったらまずくないか?


「なるほど。王都にはいつ頃発つ予定なんだ?」

悩み事は後回しにし、王都へ向かう日程を訪ねた。予定によっては、慌ただしくなるかもしれないしな。

アレーナはなんでもないことのように答える。


「ん? 今からだけど。そのために起こしたんだし」

「今から!?」

直前ではなく、余裕を持って起こしてくれよとは思ったものの、5日も眠り続ける方が悪い。

起きて早々驚きっぱなしだ。

アレーナはそんな俺の首にクエレブレを巻きつけると、手を引っ張ってベッドから引き摺り下ろして部屋を出た。

もうちょっとあのベッドを堪能できると思っていたのに……。


宿屋を出て、壊された城門付近に歩いて行く。停まっている冒険者ギルドの紋章が付いた馬車に乗って王都まで向かうのだそうだ。

好待遇というのは本当のようだ。馬車に乗ると振動が物凄いのだが、それが逆に心地いいと感じる俺はやっぱりまたすぐに眠気に襲われてしまい、いつもの通りに抗えず眠りに落ちてしまうのだった。

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