敗北魔王の半隠遁生活

久守 龍司

1.途方に暮れる魔王

「これから何して生きていけばいいんだ……」

俺は途方に暮れていた。


時を遡ること十日前。日の数え方が合っていればの話だが。

勇者一行との戦いに敗れた魔王は、魔力の大部分を封じる首枷の装着を条件に助命された。

しかし、今まで魔力頼りで生活していた魔王は、魔力なしの生活の送り方がさっぱりわからない。

それで途方に暮れているというわけだった。

魔王というのはもちろん俺のことだ。


たっぷりも十日も寝て、起きて、また寝るという生活を送っていたため、そろそろなんとかしないとなあという思いはある。

人生、いや魔王生で初めて配下や仲間が欲しくなる。


魔王は欲が偏りがちとはよく言われるが、俺は睡眠欲に偏っている。寝てばっかりというわけではないが、寝ようと思えばすぐに寝るし、起きるタイミングを失えば起きてこないのだ。それで十日も寝てしまった。


せめて半壊した魔王城の瓦礫を片付けるくらいはしたい。勇者に倒された時から少しも変わっていない現状だが、とりあえず瓦礫をチマチマ拾って玉座の間の角に固めた。


五日間、全く風呂に入らなかったので髪がベタベタしている上、髭が中途半端に伸びて非常に気持ちが悪い。

玉座の間から出て廊下を進み、奥にある風呂場の扉を押し開けようとした。

開かなかったので蹴破った。


住民は俺だけだが、風呂はやたらとでかい。

悪魔の石像の口からお湯が出て来るやつ(正式名称は知らん)もあり、さすがに魔王城といった感じだ。


風呂場は被害がほとんどなかった。

肝心の鏡も、水の汲み上げ装置も無事だ。

唯一の問題点は、今まで俺の魔力で湯を沸かしていたので水風呂になっていることだろう。

冷たさに堪えつつ真水と石鹸で髪と体を洗い、髭も剃る。

真冬でも水風呂になるな。ついでに、髭を剃るのが面倒なので髭が伸びなくなる魔法をかけたところ魔力が底をついた。生活魔法くらい自由にかけさせてくれ。


風呂から上がり、玉座の間のほとんど崩壊した天井の下で日光を浴びて体温を取り戻しながら、今後の身の振り方を考える。

魔力のほとんどを使えなくても飲食不要なのは魔王の体のいいところだな。

実際、寝て起きてを繰り返しているだけでも別に死にはしない。

何か行動していないと、生きていても死んでいるのと変わらないんじゃないかと思うのは魔王の性だろうか。その割には寝てばっかりだが。


直近の問題として、端に見えるあの瓦礫の山をどうにかしないといけない。

木材は暖炉で燃やし、石は自然に還そう。

金属系は売れるとどこかの本で読んだから街で売ってお金にしよう。

そのためには当たり前だが街に行かなければならない。

俺はお金もなければ、街に行ったこともなかった。


飲食不要なのが魔王の体のいいところだが、悪いところもある。

人間と見た目が違うということだ。

俺は風呂場から持ってきた鏡を見た。


白い髪、赤銅色の肌、赤い眼。

まあここまでは人間にもいないことはないだろう。見たことはないけど。

尖った耳。長耳族はその名の通り耳が長いし、俺も実際に見たことがあるから大丈夫だ。よく似ている。

やや鋭い歯。八重歯ですと言い張ればきっとなんてことはない。


問題は耳の上、側頭部から上部に長く聳える角だろう。

知らない間に蜘蛛の巣が引っ掛かったりして面倒だが、格好いいので俺は気に入っている。

しかし一発で魔王だとバレるし、バレなかったとしても魔王になりたがっている危険思想の持ち主か、突然変異だと思われて社会生活ができなくなる。


隠さないと。

風呂場の反対側の突き当たりにある、やや崩れた倉庫から隠せそうなものをいくつか引っ張り出し、鏡の前で着けてみる。

全て今まで倒した勇者達の遺物だ。


フードの付きのマント。これは二代前の勇者の装備だった。

角の部分を切り取れば被れるが、角を隠したいので却下。次。


透けない素材の白いヴェール。これはさっきの勇者の仲間の聖女が身につけていた。

マントよりは隠れるが、それでもやっぱり変だし、そもそも女物なので却下。何故持ってきた。次。


つばの広いとんがり帽子。これは三代前のウィザードの装備品だった。

もう魔法使いじゃないし、見た目が壊滅的にダサいので却下。

次……はなかった。なんで三つしかないんだ。これにするしかなさそうなんだが。

とんがり帽子で頭は妥協するとして、服は勇者のやつでいいか。どれも素材は良さそうだし。マントもいつか使うかもしれないので持っておいた。


木材を乾燥棚に運び、石をそこらへんに捨て、金属片をズダ袋に小分けにして入れた。


さあ、街にいく準備はできた。

俺は金属の破片が入ったズダ袋を背負い、魔王城のある森から出る決心をした。

帰ってくるかは分からないが、いつか帰ってはこれるように願う。




街というか町だな、というのが盛大に迷って葉っぱまみれになりながら、数日かけ街改め町についた俺の感想だった。

木造の小屋がほとんどの小さな町だ。

簡単な城壁と門があったが、金属を売りにきましたと言えば、冒険者ギルドで買い取ってくれるよと親切に教えてもらった。ありがとう門番のおじさん。


今度は冒険者ギルドがどこだかわからないという問題が発生したけど、それらしき建物が間もなく見つかったので近くに寄ってみる。この建物は基礎が石造りでやや頑丈そうな気がした。


「冒険者ギルドって入り口に書いてあるし、ここだよな」

扉は固定されていないらしく、力を入れずとも簡単に開いた。

中にいた何人かが一斉にこっちを見る。

こわい。

一度気持ちを落ち着かせるために閉じた。


「そこのにいちゃん、建物間違えてないぞ」

内側から男の声がする。

意を決してもう一度開け、頭と角がドア枠に当たらないよう、しゃがみながら足早に室内に入る。


うう、やっぱり視線が。

あまり見ないようにしながら、そそくさと受付と書かれたところまで進んだ。

受付には、いかにも荒くれ者といった風体のいかつい中年男性がいる。たぶんさっきの声の人だ。


「見ない顔だな。新入りか?」

「買い取りをお願いしたくて」

新入りかどうかは分からないが、袋を持ち上げて買い取ってもらいたいと言った。受付の人は袋と俺の顔を交互に見て口を開いた。


「登録は、してないんだよな?」

「はい」

「じゃ、登録からだな」

買い取るには冒険者ギルドに登録して冒険者になる必要があるらしい。

登録料がかかるらしいが、そんなに高くないらしいから金属片の売却額から天引きで登録する。買い叩かれても持ち帰りたくないので構わないものとする。


受付の人は、受付カウンターの下をごそごそやって、鎖のついた金属板を取り出した。

金属板には魔法がかかっている。魔法陣を見るに、これは登録の時に個人情報を登録して他の金属板と共有する機能があるのだろう。

受付の人は指を立てて質問してきた。


「名前、種族、職業を教えてくれ。ざっとでいい」

「シェミハザ、長耳族。職はまだないです」

「変わった名前してるが、長耳族はそんな感じなんだろうな。それにしても、その格好で無職ってのは……」

シェミハザというのは本名だ。自分以外知らないし、魔王としか呼ばれたことはないが。無職を突っ込まれてしまった。

ついでに職歴もない。


「まあ冒険者に詮索はなしだ。無職でも後から書き換えられるからな、心配はいらないぞ。あと最後に一つ確認するが……まさか賞金首だったりしないよな?」

ぎくり。

俺に賞金がかかっていたかは知らないが、勇者がしょっちゅう来ていたから多分国家レベルで賞金がかかっていたんだろう。

でも俺は討伐されたことになってるから、もう違うのかもしれない。顔も割れていないし。

うろたえる俺に、さらに受付は言葉を重ねた。


「実は脱獄囚で、その首の輪っかが首枷だったりしてな。アクセサリーにしては無骨すぎるもんなあ」

脱獄囚ではないが、まさにその通りだ。

俺が首枷に手を当てて固まっていると、受付は吹き出した。


「ハハハ、冗談だよ、冗談! 冒険者ギルドの扉をびびって一回閉めちまうようなにいちゃんが賞金首なんて、有り得ない話だよな」

よかった。

というか扉を一度閉めておいてよかった。


「ほい、登録完了したぞ。これが冒険者証だ。他の奴のは使えないし、他の奴もにいちゃんの冒険者証は使えない。なんか抜けてる感じするから言っておくが、紛失すると再発行手数料がかかるからな」

これで登録ができたということだろうか。

受付は鎖に繋がれた小さな灰色の金属のプレートを渡してきた。

首にかけておこう。


「最初は一番下の灰ランクだ。依頼とか買取でランクは上がる。灰、黒、黄、赤、青、紫の順だな。昇給可能になったら折を見て声をかける。依頼はあそこだ」

指差す先には掲示板のようなものがあった。何やら木片が釘で打ち付けてある。


「読めなかったら代わりに読むぞ。代読の金もまた別にかかるがな」

読めるから大丈夫だ。それにしても、受付の人の仕事内容多すぎないか。


「色々言ったが、全部覚えなくったっていいんだ」

その通りだ。ゆっくりやっていこう。

換金した貨幣を懐にしまい、掲示板から木片を一個取った。



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