第3話 『こよみ』

「それ、からかわれたんだろう」

予備校で知り合った友人の雄太郎が言う。


クラシカル系で落ち着いた雰囲気の『キュアメイドカフェ』は航の趣味だ。

萌え萌えキュンの『アキバ絶対領域』が至高だと言う友人、雄太郎にもメイドカフェの好みだけは譲らない。

絶対領域の魅力はもちろん航も認めてはいるが、逆に見せる気の全くないロングスカートの緩やかな揺れに得も言われぬロマンを感じる航の趣味は雄太郎には理解不能らしい。

気取っている訳でも無いのだろうが、あざとさの欠片も見せないメイドのそっけなさが航には心地いい。


「ハートが無いとか、メイドカフェの風上にも置けん」

デミグラスソースのオムライスを睨む雄太郎に対して航が選んだのはシックなホワイトソース。

「そうでもないみたいなんだよ」

やすやすと木製のスプーンを受け止めるふわふわ卵に包まれたチキンライスを口に運びながら航は左手に持ったスマホを揺らして見せる。


「ホントに戸惑ってるみたいで。可愛い声だったから、俺もちょっと話し込んじゃったんだけど」


「可愛い声って。声が可愛いからって顔まで可愛いとは限らんぞ。現にアニメの声優なんか見ても……」

雄太郎の言わんとすることは航にも重々わかるが、航は何故か『こよみ』と名乗ったさっきの少女が美少女だと確信していた。

無論理由など無いが。



「こよみ?」

「うん、こよみって名乗ってた」


雄太郎には申し訳ないが。予備校で知り合った友人、小野坂雄太郎の金髪は所々茶色い。

もしかしたらそれもファッションの一部なのかもしれないが、そもそも今時の流行りには疎いオタク少年の航にはその辺の事はわからない。

長身だし、べっ甲ぶちの眼鏡をかけた面長の面立ちも結構イケているのだが、如何せんあからさまに二次元オタクで有る事を公言してはばからない雄太郎に女子達の反応は冷笑ばかりだ。


性格は快活であけっぴろげな雄太郎は女子にも人気は有るのだ。

近寄られはしないが。


れき意味するこよみって漢字なのかなあ?」

メイドが描いてくれないハートマークを、自分のスプーンでデミグラスソースを垂らしてふわふわ卵に描いていた雄太郎が呟く。

「まあ、そうだろうと思う」

友人の侘しい行為を、同情の混じった視線で受け止めて、航はスマホを頬に充てる。

「女子の知り合い出来て嬉しいのはわかるが」

一拍置いた雄太郎が言う。

「スマホに頬ずりすんのはやめて……俺でも引くわ」

友達甲斐の無い事を言う雄太郎に、キツイ一瞥をくれて。

「頬ずりなんかするかよ。脂ついちまうじゃねえか」

「ふーん、自覚はあるんだ」

口いっぱいにチキンライスを頬張りながら容赦ないツッコミを入れてくる友人に航はため息をつく。


ーーーーー


無駄話をしながら秋葉原UDXの2階テラスに足を伸ばして謎の少女『こよみ』の話題で盛り上がる。

「固定電話じゃん」

並んでテラスを歩きながら、航のスマホを覗いて相手の電話番号を確かめていた雄太郎が伸びを打ちながら航に問いかける。

「そうなんだよ。連絡先交換したくて履歴登録してって言ったらキョトンとされちゃってさー」

首を竦める航に雄太郎が不思議そうな目を向ける。


「今時スマホ持ってないなんて珍しいな」

「聞いたんだけどスマホってなんですか?とか聞き返されかれちゃってさ」

「なにそれ?」

雄太郎が声を上げずに笑う。

「天然アピールか?」

嘲笑を浮かべる雄太郎から、航はスマホを取り上げて反論する。

「いや、あの口振りはホントだ」

「いやいや航君。ここは友人として忠告させてもらうが。いささか君、純情すぎるんじゃね?」

まるで秋葉原の入り口で綺麗なお姉さんにビルに連れ込まれそうなお上りさんを諭す様な口振りの悪友に航は人差し指を振り回す。

「高校入学のお祝いに電話買ってもらったって言うんだ」

「それが固定電話だって?」

「進学祝いに電話。な、おかしくないだろ?」

「いやいやいやいや、航君ここは冷静に考えよう」

ひと目も構わず肩を抱きに掛かる雄太郎に航が身を引く。

「悪いことは言わないからおじさんの話しを聞きなさい」

「誰だよ?」

悪友のボケにすかさず軽くジャブを返して航は反論を続ける。


「高校では弓道部に入ったそうな」

「人の話しを聞けよ」

口を尖らす雄太郎を顧みず、航は話をやめようとしない。

「弓を引くのに髪が邪魔になるだろう?」

問うても居ない雄太郎に同意を求める。

「長い黒髪は後ろで高く結い上げられて白いリボンで結ばれている」

「えーと、何処からその設定出て来た?」

肩を竦めて大袈裟に両の手のひらを上に向ける雄太郎。


「すまんが、どこまでが実話でどこからが妄想か線を引いてくれまいか?」

上げた肩をストンと音が聞こえそうに落とした雄太郎の言葉も、熱に浮かれた航の耳には届いていないようだった。

「いや何故か聞かなくてもわかってしまったんだ……これはもしかして」

流石にこれには雄太郎も航の両肩を掴んで自分の方を向かせた。

「ちょっと深呼吸して顔を上げてみよう。青い空が目に入るだろう?」

雄太郎の言葉に航が間髪入れずに返す。

「俺にはパステルカラーに彩られたオタク街しか見えんが」

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