新たな日記

 

 

 さわさわと心地よい風が吹く、麗らかな春の日。


 今日もミーシャとファイドは元気だ。「母さま、母さま!」と呼ぶ声に心が温かくなる。


 早いもので双子も5歳になった。子供の成長とは本当に早いものだ。あまりに早くて記憶が追い付かないので、こうして久々に日記帳を開いた。


 あの卒業パーティの日から数年──バルトは立派な王となり、私はその横で王妃として勤めてきた。それは今も続いている。


 けれど、今は王妃としての職務よりも母として在りたいと思う私の気持ちを、バルトも周囲も快く受け入れてくれた事には本当に感謝している。


 私の母は病弱で──後にそれが毒によるものだと分かったけれど──あまり一緒に居られなかった。


 そのため私は極力子供との時間を増やしたいと考えていた。

 そしてそれは今のところ順調だ。


 女の子のミーシャは、男の子のファイドよりも元気すぎるけれど。

 ファイドはいつもミーシャに引っ張られてるけれど。


 二人とも、皆から愛情を受け、とても優しい子に育ってくれている。


 ふと思う。


 もし、私にも双子の兄妹がいたなら──いいえ、もしフレアリアと仲良く出来ていたなら。

 あの悲劇は起きなかったのかもしれない。


 もし私とフレアリアが同じ両親を持った、完全なる姉妹だったなら、あんな事にはならなかったのかもしれない。


 フレアリアはモルドールと、私はバルトと。なんの問題もなく結婚して、子を成して、そして「お互い子育て大変ね」なんて笑い合えてたのかもしれない。


 もしも

 もしかしたら

 もし、あの時──


 考えても仕方ない事を考えてしまうのは、それだけ私の今は平穏だということだ。

 幸せだという事だ。


 バルトはドルゲウス王国を筆頭に隣国との外交に大忙しだ。内政の方は優秀な方々が多いという事で随分助かってるようだけれど、かといって自国の事を放置など当然出来るわけもなく。


 家族との時間がなかなかとれない事を嘆いている。


 先日、久しぶりに褥を共にした時──あの時はなかなか解放してくれなくて、翌日は一日起き上がれなかったくらいに愛されたっけ──ポツリと呟くように話してくれた事がある。


 それはモルドールの事。

 彼は実はドルゲウス王国に追放されてから、一年も経たずに亡くなっていたのだと言う。


 その事は亡くなってすぐにバルトの耳に入っていたけれど、私には機を見て話そうと思っていたのだと。

 

「一瞬でも、あいつの事をリンティアが思い出すの嫌だったんだよな。……俺も若かったってことだ」


 まだ20代の若い王の言葉とは思えず、つい笑ってしまった。

 ──それくらい、私にとってモルドールの事はどうでも良かったってことなのだけど。


「もし、根性出して生き延びる事が出来たなら、国に戻してもいいかと思ってたんだけどな。やっぱり駄目だったか」


 それは果たして本心なのかどうか分からない。

 けれどモルドールはもう死んでしまったのだ。考えても仕方のない事だ。


 モルドールを思い出したついでに、私は妹のことを──フレアリアの事を聞いた。


 妹の……彼女の最期はどうだったのか、を。


 そう、フレアリアもとうに死んでいる。

 永遠に苦しませたいとバルトは考えていたようだけれど。


 結局のところ、私がフレアリアに虐げられていたあの年月。その期間が終わる頃に私はバルトにお願いしたのだ。


 もう罰は十分だと。

 もう終わらせようと。

 もう眠らせてあげてくれと。


 そう告げた時、バルトは少し不快そうに眉を寄せていたけれど。


 私の思いの強さを感じ取ったのか「分かった」と一言告げたのち、部下に指示を出していた。


 けれどその後の事を私は知らない。知らなくて良いと言われ、バルトは何も話してくれなかったのだ。


 フレアリアの様子は酷いものだとは聞いていた。見てはいけないと言われ、一度も会うことはなかった。


 冷たいと言われるかもしれないが、私も別に会いたいとは思わなかった。

 死なせてあげてとお願いしときながら、その後がどうなったのかも気にしてなかった。


 本当に、モルドールの話が出なければずっと忘れていただろうくらいに、私にとってはどうでも良いことだったのだ。


「あー……罪人の墓場で眠ってるよ」


 バルトはそう言っただけで、それ以上話そうとしなかった。

 私が何かを聞く前に覆いかぶさってきて……その後は私もバルトの愛を受けとめる事に必死で、それ以外の事は頭から全て消え去ってしまった。


 罪人の墓場──つまりは終わらせたということなのだろう。


 でも、どうしてだろう。

 罪人が入れられる地下牢の奥深く──およそ聞こえるはずないその場所から。

 城の中へはけして届くはずがない、遠い遠いその場所から。


 うめき声が時に聞こえる気がするのだ。

 言葉ではない。低い低い唸り声。

 苦悶のそれだと分かる、苦し気な呻き声。


 ──聞こえるはずのないそれは、確かにフレアリアのものだとなぜか確信していた。


 本当にバルトはフレアリアを死なせたのだろうか。

 本当に彼女は墓場に眠っているのだろうか。


 真実は分からない。バルトに聞いても同じ返答しか返ってこない事も分かっている。


 けれど、時に知らなくてもよい真実はあるのだ。


 私はあくまでバルトを信じている。

 彼がそう言うならそうなのだろう。そういう事にしておくべきなのだろう。


 だから聞こえるはずのないあの呻き声は、きっとこの王宮に住まう亡霊の仕業。

 私には関係のない、別世界の話なのだ。


 なかなか共に居られないバルトは、会えば苦しい程に愛してくれる。


 双子はとても可愛らしい。


 なんと私は幸せな事か。

 今が幸せなら、それで十分ではないか。


 お母さま、天国から見てくれていますか?


 私は今、本当に幸せです。


 きっとお母さまが私を守って下さってたんですね。

 でももう大丈夫。


 私には守ってくれる愛しい人がいます。

 私には守るべき愛しい人たちがいます。


 どうか安らかに眠ってください。


 お母さま、ありがとうございました。






※※※※※※※※※※






「母さま、なに書いてるの?」

「あらミーシャ……頭に葉っぱが付いてるわよ。また木登りしてたの?」

「うん!ファイドったら下手で全然登れないのよ!」

「本気になれば僕だって登れるよ!……ちょっと今日は調子悪いだけなんだもん」

「ファイド、ミーシャが怪我しないように見守ってくれてたのでしょう?優しい子ね」

「あら、私だってファイドが登れるように教えてあげたのよ!」

「ええミーシャ、あなたもとっても優しい子ね」


 リンティアが双子をギュッと抱きしめると、二人も嬉しそうにしがみつく。


 春の日差しが心地よく、そのまま二人はウトウト寝そうになった。


「二人とも、お昼寝の時間よ。お部屋に戻りましょうね」


 そんな二人の様子を見て、リンティアがそう告げた時だった。


「おや残念。私も一緒に過ごしたかったのだけれど」

「「父さま!」」


 不意に現れた人物に、パッと双子は目を覚まし、喜々として父親に駆け寄り抱きついた。


「まああなた、どうしたのですか?」

「少し時間がとれてね。ここに居ると聞いて来たんだが……邪魔だったかな?」

「まさか」


 フフっとリンティアが笑い、それにニコリとバルトが笑みを返す。


「よいしょ……重たくなったなあ二人とも!二人一緒に抱っこ出来るのもそろそろ限界かな」

「父さまったら!レディーに対して重くなったは失礼ですわ!」

「はは、そんなこと言うようになったんだなミーシャ……ごめんごめん」

「父さま、いつか僕が父さまを抱っこするよ」

「え、それは……うん、まあ楽しみにしてるよファイド」


 リンティアは微笑ましい親子の会話をニコニコと見ていた。

 そんな彼女の耳に、双子を下ろしたバルトがそっと囁く。


「キミは今夜、ね……。いっぱい可愛がってあげるから」


 その言葉に、「もう!」とリンティアは真っ赤な顔で抗議するのだけれど。

 子供らに見られる事のない一瞬の口づけを落としたバルトは、すぐに子供たちと共に駆け出していた。

 

 幸せな光景。

 幸せな家族。


 幸せな、幸せすぎる時間──


 ああそうだ、とリンティアは再び日記を開いた。


 書き忘れていた一文を、彼女は日記の最後に書き足した。






※※※※※※※※※※

 


 


 私は今、本当に幸せです。


 きっとお母さまが私を守って下さってたんですね。

 でももう大丈夫。


 私には守ってくれる愛しい人がいます。

 私には守るべき愛しい人たちがいます。


 どうか安らかに眠ってください。


 お母さま、ありがとうございました。









 あいつらを呪って下さって、本当にありがとう、お母さま──









===あとがき===


これにて本当に完結です!

最後までお読みいただきありがとうございました!


結局最後までダークっぽい感じがありましたが……。

子供の成長に関する日記書くのかと思わせて、全然関係ない話書いてますね、主人公。


結構こういうダークな話も面白いなと思いました(苦笑

明るい話の方が多い筆者ですが、またこういうの書きたいと思います。

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虐げられた令嬢のざまぁ日記 リオール @rio-ru

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