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※残酷な文章箇所あり。ご注意ください。

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3月6日


 随分長い話になってしまった。本当に今日はなんと長い一日だったことか。なんと色々な事があった日だったことか。

 手が疲れたので少しペンを置いたけれど、温かい紅茶を飲んだら楽になってきた。

 まだまだ話は長い。

 けれど終わるのは一瞬だ。






※   ※   ※





 

「よし、ではドルゲウス王国へ行き、奴隷として生きよ!」


 あれはもう死の宣告に等しかったと思う。

 国王のその言葉は、その場をシンとさせるには十分だった。


 何を言われたのか一番理解出来なかったのは、モルドールだろう。


「ち、父上?何を……」

「何を言ってるのかと思うか?お前の父は……この国の王は気がふれたと思うか?」


 そこでバッと国王は手を広げて、大きな声で言った。


「たしかに私は気がふれていただろう!お前を……こんな屑を王太子に、後の国王にしようと考えていたのだからな!」


 そして次にバルトを──バルティアスを見やった。


「愚かな父を許せ、バルティアス。この馬鹿のせいで、お前には多大なる苦労をかけた」

「何をおっしゃいますか、父上。貴方以上に立派な王を私は知りません。この馬鹿が、どんな賢王でも予想できない程のゴミだっただけです」


 言いたい放題とはこのことか。仲睦まじい王族の親子は、もう一人の親族であるはずのモルドールを、散々なまでにこき下ろしていた。


 それを呆然と見ていたのはモルドールだ。


 ドルゲウス王国で奴隷として生きよ。

 その意味を理解できない程には馬鹿ではなかった様だ。


 残忍で知られるドルゲウス王国は、未だ奴隷制度が残る数少ない国だ。

 奴隷としての環境の過酷さは、数ある国の中でも群を抜いてるのもまた有名。


 男なら、見目良ければまず男娼として、それ専門の館でおよそ一年過ごす。おそらく外見だけは良いモルドールはそこへ行くこととなろう。大半は物のように扱われる過酷なその世界で、精神崩壊する。


 そして一年後、大体は男娼として使い物にならなくなると、今度は過酷な肉体労働に駆り出される。


 魔物が闊歩する、危険な未開拓地へと連れ出されるのだ。

 開拓作業よりも魔物を襲われる事の方が多く、ここで大半の奴隷は一年をもたずに命を落とす。


 奇跡的に生き永らえた者は、ようやく価値あると認められ、貴族やそれなりの身分の者に見受けされてどうにか生きて行く術を手に入れる。


 合計およそ二年……その過酷な環境を生き永らえたなら、モルドールは助かるというわけだ。国王なりの恩情──なわけはない。


 元からドルゲウス王国に生まれた者なら、生き延びる可能性はあるかもしれない。


 が、奴隷制度のない我が国で。王太子としてぬくぬくと生温い状況で生きてきたモルドールが、生き延びれる可能性はゼロだ。それは誰も疑わない。モルドール自身も疑わない。


 だからこその行動に、彼は出た。


 バルティアスが先ほど放った、落ちたままの剣を拾って。


 耳を塞ぎたくなるような汚い叫びを上げて、彼は切りかかったのだ!

 ──自身の父親に。国王に。


 直後、この世の終わりのような悲鳴を上げたのは……モルドール自身だった。


 父王の腰にあった剣をとってモルドールを切りつけたのは、バルティアス。

 剣を持っていた右腕を切り落とされ、痛みのあまり床でのたうち回るのは、モルドール。


「連れて行け。片腕が無くとも、奴隷商人ならうまく使い道を見つけるだろう」


 もはや王族ではなくなった、国王を害しようとした罪人。そしてこれからは奴隷。

 モルドールはそれだけの存在だった。


 ボタボタと血を流す彼を、衛兵たちは乱暴に連れて行った。失血死するんじゃないかしらと思ったけど、あの後すぐに止血を施されたようだ。


 その後の話では、彼は無事にドルゲウスの奴隷商人に引き渡されたらしい。


 ドルゲウス王国の中でも最も過酷な場所へ追いやられるらしい。



※   ※   ※



 何の情も無かったモルドール。

 今も何の情も無い。


 むしろ笑いが込み上げてくる私は、最低なのだろうか。

 私もまた、屑なのかもしれない。


 これはここだけの話としておこう。

 誰も見ない、この日記の中だけの話。



※   ※   ※



 話を卒業パーティの場に戻す。


 モルドールは連行され、その場には血塗られた床と沈黙。


 血に染まった剣を片手に、バルティアスは私を見て、ニッコリと微笑んでくれた。


 ああ、彼はいくつもの顔を持っているのね。

 とても恐ろしい面を見た。けれど嫌いになれるわけもなく。


 私にはとろけるような優しい笑みを向けてくれた彼に、私も微笑み返した。


 私の笑みを見てから、彼はスッと表情を無にして視線を横に向けた。

 蒼白な顔で立ち尽くす、フレアリアを彼は見やった。


 その視線に気付いたフレアリアは、小さく悲鳴を上げた。そして力なく首を横に振る。


「ち、違……わたしは、わたしは……」

「安心しろ、お前は奴隷などにはせん」


 いっそ優しいと思えるような声でバルティアスは言った。

 その言葉に安堵した顔で、フレアリアはバルティアスに駆け寄った。


「ああ、ああ、バルティアス様!分かってくださったのですね!そうなんです、私はモルドールに騙されていたんです。あの愚かな男に脅されて……!」

「お前は他国の奴隷などという他人任せな事はしない。わが国で永遠に、死ぬことも許さぬギリギリのレベルで拷問の刑と処す」

「はへ?」


 氷より冷たい視線と言葉。

 バルティアスが何を言ってるのか。フレアリアは理解出来ないようにポカンと口を開けていた。


 そして理解と共に、みるみる顔が青ざめて行った。


「な、な、何を……」

「モルドール含め、後ろで青くなっている貴族の男共と肉体関係を持っていたことは全て知っている。そうやってたらし込んだ男共を使ってお前がリンティアにした事は、未来の王妃への侮辱などという生温いものではない。そして私の怒りは生易しい刑で収まる程小さくはない。斬首など一瞬過ぎて、これまで受けてきたリンティアの苦しみに対して軽すぎる。お前には永遠の苦しみが相応しい」


 フレアリアの顔色はもはや無く、真っ白になっていた。


「死ぬ一歩手前まで拷問をしては治療してやろう。そして回復したらまた気を失うことも出来ないままに拷問を与えよう。自死は許さんからな、何も出来ぬよう手足は最初に切り落とそう。噛み切る事が出来ぬよう、舌は引き抜こう。苦しみだけを感じられるように目と耳をつぶそう」


 ──バルティアスの言葉を思い出しながら書いてるけれど、本当に恐ろしい事を平然と彼は言ってのけていた。書いてる私の額に汗が浮かんでくる。


 告げられたフレアリアの恐怖は想像を絶するものであったろう。

 恐怖のあまり、ガクガク震えた足の付け根からポタポタと滴り落ちるもの──彼女は失禁していた。


「い、いや、いやよ、いやよ……」


 ひたすら「いや」と呟き首を振る彼女をもはや見る事は無く、バルティアスは「連れて行け」と衛兵に命じた。


 その瞬間、フレアリアは弾けるように絶叫した。


「いや、いや、いやあぁぁぁぁっっ!ひいい、助けて、助けて!──お姉さま、助けて、私を助けて……!ごめんなさい、私が悪かったわ!これまでの事は謝るから!謝るから私を助けて、お姉さま!」


 兵に腕を掴まれたフレアリアが、最後にすがったのは私。

 目をあらん限りひん剥いて彼女は私を見た。

 必死に手を伸ばすが、私はそれを掴むことはせず──きっと恐ろしいものを見る目をしていたと思う。


 ビクッと身を引いた私を見て、フレアリアの目が醜く歪んだ。


「助けろって言ってんだろ!?お前のせいでなんであたしが!そもそもお前がとっとと死ねばこんな事にならなかったんだ!お前なんてもっと早くに殺しておけば良かったんだ!階段から突き落とすなんて生温いことなんてしないで、殺せば良かったんだ!お前が、お前があぁぁ!いいから助けろ!あたしを助けろおおお!!!」


 恐ろしい言葉に涙が浮かんできた私は咄嗟に両手で耳を塞いだ。

 その時。

 バルティアスもまた、私を抱きしめ頭を優しく包み込んで、聞こえないようにしてくれた。


 塞がれた耳に「早く連れて行け!」とバルティアスが命じる声がかすかに聞こえた。

 そして遠ざかるフレアリアの声。

 彼女は最後の最後まで怨嗟の言葉を叫び続けていたのだった。




※   ※   ※




 これが全て。

 今日、卒業パーティーの場で起きた事の全て。


 そしてその後もまだまだあったのだ。


 罪人であるフレアリアの両親──つまりは私の父と義母だけれど。

 この二人は、斬首刑となる。

 フレアリアの両親というだけではない。彼らもまた、未来の王妃である私を虐げた罪は重いとのことで。けれど苦しみは一瞬の斬首とバルティアスは告げた。


 刑の執行は明日。


 バルティアスや衛兵と共に屋敷に戻った私は、蒼白な顔でその場に崩れ落ちる父を、ただ黙って見ていただけだった。


 父は自身の罪を自覚していたのかもしれない。

 私に何かを懇願するでもなく。一度も私を見る事もなく。

 それを私も黙って受け入れた。とうに親子の絆は消え失せていたのだから。


 義母はフレアリアのように醜い様だった。

 私に泣いて縋って懇願し、それが無意味と知ると、今度は恫喝し。


 全てが無意味と悟った瞬間、絶望し、一瞬でその髪が真っ白になるのを、私はなおも黙って見ていた。


 連れられて行く彼らをただただ黙って見ていた私は、実はとても恐ろしい存在なのかもしれない。


 そんな私の考えに気付いたのか、バルティアスはまた優しく抱きしめてくれた。


「大丈夫、リンティアは悪くない。君はなんら穢れてない。……あんな酷いやつらに対しても涙する君は、昔も今もこれからも、とても綺麗だよ、美しいよ……」


 その言葉で、初めて私は涙を流してる事に気付いた。

 それが一体何の涙なのか──安堵なのか悲しみなのか喜びなのか──私には分からなかった。分からないまま、ひたすらに涙を流したのだった。




※   ※   ※




 その後、屋敷には留まらずに私は王宮へと連れられ、豪華な部屋をあてがわれた。これからはここで暮らせばいいとバルティアスが言ってくれたのだ。


 部屋で二人きりになった瞬間、彼は私を強く抱きしめ、熱い口づけを落としてくれた。

 今思い出しても体が熱くなるような、とても激しい……。


 息苦しくなる程の口づけが終わっても彼は私を解放してはくれず、抱きしめたまま耳元へとそっと囁いた。


「色々隠してたこと、だましてたこと……怒ってる?」


 予想外に弱々しい、不安げな声に驚いて彼の顔を見たら、ちょっと泣きそうになっていた。

 これが先ほどまで恐ろしい事を平然と口にしていた人物だろうか?

 厳しい顔で、声で、その場に集ったものへ今後の事について指示を出していたのと同一人物だろうか?


 私はなんだかおかしくなって、フフっと笑ってしまった。


「笑わないでくれよ。嫌われるんじゃないかと本気で不安なんだから」

「嫌いになるわけがないでしょう?」


 不安にさせたくなくて、私はすぐに返した。

 そして私から、軽くキスをする。


「大好きよ──いいえ、愛してるわ、バル……ティアス」

「バルトでいいよ。リンティアには特別な名前で呼んで欲しい」

「バルト……」

「リンティア、愛してる。……俺の妻に、俺のものになってくれるよね?」


 拒否権が私にあるんだろうか。

 あっても拒否しないけど。


 私の心は幸せに満ちていた。

 今度はハッキリと理由の分かる涙を──幸せの涙を流して、私は小さく頷いた。




※   ※   ※




 そして今。

 湯あみをして身を清め、部屋のベッドの横にある机で私はこの日記を書いている。


 嬉しすぎて、笑いが込み上げてきて。

 プルプルと手が震えるのは致し方ない事。字が汚かったのは許して欲しい。


 明日、両親が処刑となるのは少し心を重くするけれど、これからの事を考えるとそれは些細な事でしかない。


 これから一年、私は王妃修行へと入る。それはとても多忙を極めるだろう。


 バルティアスもまた、これからの事で忙しくなる。


 ドルゲウス王国とは和平を結ぶ事になるとは言っても、油断できる相手では無い。これからも忙しく動くこととなるだろう。

 更に、王になるために様々な事を学ぶ必要があり、その多忙さは私の比ではなくなる。


 ゆっくり二人の時間を過ごせるのは今夜だけ──。


 もうすぐバルトがここへやってくる。

 きっとまた涙する程に幸せな時間を過ごせるのだろう。


 少しの不安はきっと彼がすぐに消し去ってくれる。


 褥の中で、とても甘い時間を一晩中過ごすこととなる。それは確信。


 ああ、足音が部屋に近付いてくるのが聞こえるわ。


 きっと明日からは忙しくて日記も書けなくなるだろうけれど。

 これは大切に残して置きたいと思う。


 これは私が生きてきた記録。


 バルトとの大切な思い出を記したもの。


 幸せへの道を残したもの。











 ただ、最後に一言だけ、汚い私の胸の内を明かすことを許して欲しい。

 誰にも見せれない、私の中にある黒い部分を、この日記に吐き出させて欲しい。


 この日記を誰にも見せることはないけれど。

 それでも言い訳する私を笑ってほしい。











 モルドールが、両親が……フレアリアが落ちて行く様を見て。

 絶望したのを見て。

 悲惨な最期を迎える事になって。


 私は心の中で叫んだのだ。

 抑える事の出来ない思いが、叫びとなって心を支配したのだ。







   ──ざまあみろ!








    ~fin~

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