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8月18日


 全身が痛い。

 昨日学院で、階段から落ちたから。……正確には突き落とされたから。


 誰かに突き飛ばされて落ちたのは分かるのだけれど、その「誰か」が問題だ。


 落ちる瞬間、視界の片隅に見えたのは……ピンク。

 私の知る限り、この学園でピンクを纏う者は一人しか居ない。言わずもがな、フレアリアだ。


 証拠は無い。目撃者も居ない。ただ私が一瞬見ただけ。だから私は彼女を糾弾することは出来ない。


 よしんば証拠があったとしても……非難することは出来なかっただろうけど。


 どうせ父に訴えても、何を馬鹿なと言われるだけだ。

 学院に訴えても不祥事を嫌う体質ゆえ、一笑に付してもみ消されるのがおちだ。


 どちらにしても、フレアリアに罪を問うことはできない。むしろ私の立場が悪くなるだけだ。


 まさか……まさかここまでしてくるとは思わなかった。身の危険を感じたのは今まで何度もあったけれど、命の危険を感じたのは初めてだ。


 気を引き締めないとと思う。


 安静にしてくださいとメイドが言うので、今日の日記はここまで。

 ただただ悔しい……。




8月20日


 私はまだベッドの住人だ。

 先ほど見舞いと称してモルドール王子が訪れた。


 が、顔を一瞬見ただけ、挨拶もそこそこに出て行ってしまった。


 そして聞こえるのは、フレアリアの笑い声と王太子の楽し気な声。


 キャッキャウフフ、という表現が似合うような会話がよく聞こえる。

 わざわざ私の部屋に声が届く距離の部屋で、扉を開け放して会話してるのだろうか。


 もういいからさっさとくっ付いてくれれば良いものを。


 婚約解消、出来ないのかしら……。




8月22日


 昨夜、バルトが来てくれた!やっと会えた!

 あの大雪の日からどれだけ経っただろう。もう会えないと思っていたのに!


 ああ、なんて幸せなんだろう!


 何か忙しい状況なのか、彼は少しやつれていた。


 ベッドに横たわる私を見るなり、顔を青くしてバルトは駆け寄ってくれた。

 だいぶ楽になった体を起こすと優しく抱きしめられた。


「ごめん、ごめんリンティア……」


 何を謝る事があるというのか。

 私は嬉しさのあまり、バルトを抱きしめ返していた。すると痛みが体に走って少し声を上げてしまったのが良くなかった。バルトは慌てて私を離した。──もっと抱きしめて欲しかったのに。


 そっとベッドに寝かされた後、優しい口づけが落ちる。


 何ヶ月かぶりのキスは、暑い季節だからではないだろう、とても熱かった。こんなにも唇は熱をもってるのだと、感動してしまうほどに。


 何度も何度もキスを落とされた。唇だけではなく、額に瞼に頬に……。


 それからバルトは忙しくて来れなかったと、話してくれた。


 身内のゴタゴタのせいで時間がとれず、どうしても来ることが出来なかったと。

 ようやくそれも落ち着いてきたのでこうやって会いにこれたと話してくれた。


「でもまた遠くに出なくちゃいけないんだ。隣国の情勢の雲行きが怪しくて……この国に危害が加えられる恐れがあるから、それを調査しに行かなくちゃいけない」


 先日17歳になったという彼は少し大人びた顔になっていた。数ヶ月会わなかっただけで、なんて凛々しくなるものなんだろう。


 それにしても、確かに彼は貴族なのに、学院に通ってる様子も無い。何をしてるのだろう?

 隣国の情勢を……となると、あまり表立って話せないような事をしてるのかもしれない。貴族の中には、そういった仕事をしてる人も確かにいるのだから。


 だから私も奥行ったことを聞く事はしない。


「リンティアの誕生日までには帰ってきたいと思ってる」


 そう言われて思い出した。そうだ、私はもうすぐ16歳になるんだ。


 きっと今年もお祝いなんて無いのだろう。それでも構わない。たとえその日に会えなくても、バルトが覚えてくれてるなら、それで。


 バルトの誕生日も教えて欲しいとお願いしたけれど、8月としか教えて貰えなかった。つまり8月1日から今日の間に誕生日があるということか。


 何もプレゼントを用意してなかったので、ごめんなさいと謝って、次に会えるまでに何か用意しておくわと言ったら。


「物は要らない。それよりも──」


 言いかけて、声を潜めた彼は私の耳元に唇を寄せる。そして囁くように、言った。



いつか 俺のものになってよ──



 真夏の夜に交わされた約束。

 真っ赤な顔の恋人たちの、可愛い約束。


 叶えられるのか分からないけれど。


 頷く私は確かに幸せだったんだ。






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