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11月15日


 今日もバルトが遊びに来てくれた。いや、今日というか今夜というか──


 バルトは高位貴族だが、なかなか複雑な立場のようで、そう簡単に他の貴族の家へ行けないらしい。それも女である私に会いに来るとなると……かなり難しいようだ。それゆえ、いつも皆が寝静まる頃──深夜に抜け出しては私に会いに来てくれるようになった。


 私は毎晩彼が来てくれるのを心待ちにして。

 彼もまた、私の顔を見ては太陽より明るい笑顔を向けてくれた。


 あの日あの夜、私たちは出会い、そして恋に落ちたのだ。


 外見はとても美しかったけれど、一歳上の彼はとてもやんちゃな男の子で。


 勉強を抜け出しては教師を困らせ、いたずらをしては執事に叱られ、嫌いな食事を弟に押し付けては母に怒られ……と、毎日どんな事があったのかを教えてくれる。


 私はいつもそれを笑って聞いていた。家人に気付かれぬよう配慮をしてはいるけれど、ついつい大きな声で笑ってしまいそうになり、二人して慌てるのも楽しい。


「今日はハルス山のふもとに出る魔物退治に行ってきたんだ」


 たまに彼は冒険のような事をしたと話してくれる。16才とは思えぬ逞しさだ。

 それは時にハラハラして、時に痛快で、とても面白かった。


 今夜も私はキラキラした目でその話を聞いていたのだ。


 すると、不意にバルトが黙り込んでしまった。


 何だろう?

 首を傾げてると、ちょいちょいと手をヒラヒラさせて私を呼ぶ。


 不思議に思いながら顔を近づけたら──唇に柔らかい感触を感じた。目の前にはバルトの顔。


 キス、されたんだ。


 分かった途端、思わずバルトを突き飛ばしてしまった。なんてことするの!と少し大きめの声が出てしまって、慌てて口を押えた。


 幸い誰も気付かなかったようだけど。


 確実に真っ赤になった顔でバルトを睨みつけたら

「可愛いお前が悪い」

 と言われてしまった。


 何それ何それ……何よそれは。そんな事を言われては怒れないじゃない。


 同じく真っ赤になったバルトは、そそくさと帰ってしまった。


「またな」


 いつもと同じ言葉と共に去って行くことに安堵を覚えながら。

 照れてると語る背中が見えなくなるまで、ずっと私は彼を見つめていた。




12月20日


 先日からの雪がいよいよ本格化してきて、大雪となった。夜なのに、明るく眩しい白銀の世界に息が白くなる。


 ずっとずっと、雨の日以外は欠かさず来てくれたバルトも、さすがに寒そうだ。


「雪が溶けるまではもう厳しいかもなあ」


 そういう彼の言葉は、残念そうな響きが込められている。

 それは私も同じ。会えなくなるのは本当に寂しい。


 けれど、いつも来てもらう立場の私としては我儘を言えるわけがなく。

 それに雪の中は危険だ。寒く冷たい雪の中を無理に来てくれなんて言えるわけが無い。


 しばらく会えないね……。


 そう言って冷えて冷たくなった手を握りしめて。少しでも温めようと、彼の手にハ~と息を吐いた。


 俯き加減でそうしていたら、顎をつかまれ上を向かされた。


 ああ、またキスするんだな。


 初めてしたあの日から、幾度となく重ねられた唇。

 その瞬間が分かる程には回数を重ねてきた。


 そして今日も予感は外れない。


 ただ、今夜のそれは思ったよりも長かった。

 とても長くて深くて──息苦しくなるほどに。


 ようやく解放された時には、少し息も荒くなっていた。


「暖かくなったら、また会いに来るから」


 そう言い置いて、彼は帰って行った。何度も何度も振り返りながら。私も何度も何度も手を振り続けた。完全に姿が見えなくなるまで、何度も何度も……。




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