魔女のいる秘密の占い館

美作美琴

ケース1 恋人が出来ない青年


 大都会、大通りとは対照的に人っ子一人通らない薄汚れたアスファルト路面、ビルの陰で日の刺さない薄暗い裏路地にその占い館はあった。


「いらっしゃい」


 ギイギイと軋む扉を開き中に入ると、紫色のとんがり帽子にローブを纏った魔女風の恰好をした女性がアンティーク調の椅子に腰かけ出迎える。

 無論彼女は本物の魔女ではない、これは所謂演出上の衣装である。

 占いも客商売である以上場の雰囲気づくりは必要なのであるが、彼女から醸し出されるその妖艶でミステリアスな雰囲気は本当の魔女ではないかと錯覚させるほどだ。


「……どっ、どうも」


 消え入るように挨拶を返した客は青年だった、前髪は目に掛かるほど長く、おどおどとし落ち着きがない。

 緊張しているのだろうが、しかし彼にはそれ以外にも理由がある……魔女はすぐさまそう見抜いた。


「私は当占い館の主アンジェリーナ……さあ、そんなところに立っていないでこちらへどうぞ」


 紫に金の刺繍の入ったテーブルクロスの掛かった丸いテーブル、彼をその差し向かいの椅子に座るよう促す。


「はっ、はい」


 それだけの会話でもしどろもどろになる、これは間違いないとアンジェリーナは確信する。


「あなた、いじめられているでしょう?」


「えっ!?」


 椅子に座ってすぐにビクンと身体を震わせ青年が驚く、どうやら図星の様だ。


「はい、その通りです……」


「ではそのいじめをどうにかするのが目的で?」


「いえ、今日ここを訪れたのは別の要件でして……」


「伺いましょう」


 アンジェリーナはテーブルに両肘をつき青年を見つめると彼の頬に薄っすらと紅が差す。


「実は僕、生まれてこの方彼女が出来たことが無いんです……この低い身長とオドオドした態度が原因で……こんな僕に彼女を作る事は出来るんでしょうか?」


 長い前髪の隙間からアンジェリーナを上目遣いで見つめる。


「そうね、はっきり言って無理ね」


「ええっ!? そんな!! 何も占ってないのに!?」


 青年の言う事はごもっともである、普通占いと言えば水晶玉を翳してみたり、タロットカードを使ったりして何かしらのまじない行為をするものなのにアンジェリーナはそのどれもしていない。


「まあまあ落ち着きなさいな、彼女は無理でも恋人は出来ると思うわ」


「えっ? それは彼女とどう違うんです?」


 アンジェリーナは青年の問いに答えようとせず、カーテンで仕切られた奥の部屋に行ってしまった。

 茫然とする青年。

 

 それから十分ほど経ち彼女は紙袋を持って戻ってきた。


「待たせたわね、これをあなたに差し上げるわ」


 紙袋を渡された青年は中身を見て驚いた。


「ええっ!? これって……!!」


「あなたが本気でパートナーを見つけたいと思うならそれを使いなさい……いやならあなたはこの先一生独身で過ごすことになるでしょう」


 暫く挙動不審に身体を動かし悩んだ青年は決心したのか椅子から立ち上がった。


「分かりました、僕……やってみます!!」


 溌溂とそう言い放った青年は紙袋を胸に抱えると急いで館を後にした。



 数ヶ月後。


「こんにちは!!」


「あら、あなたはこの前の……」


 青年が再びアンジェリーナの占い館を訪れた。

 前とは違い前髪は切り揃えられ目がしっかりと見えている。

 マスカラにチークもナチュラルにメイクされていた。

 ニットのセーターにタータンチェックのミニスカートを着て、どこから見ても美少女だ。


「アンジェリーナさんに紹介したくて彼氏を連れてきました!!」


「どうも、何だか恥ずかしいな……」


 横にいるがっしりとした背の高い男性の腕に、はしゃいで抱き着く青年はとてもうれしそうだ。


「実は彼、僕をいじめていたグループのリーダーだったんですけど、アンジェリーナさんに貰った女の子の服を着ていたら彼の方から私に告白してきて、私達付き合う事になったんです!!」


「済まん、実は男のお前に惚れていた自分をごまかすためにいじめていたんだって気づいてしまって……女の恰好をしたお前を見て抑え込んでいた感情を抑えられなくなったんだ」


「ううん、いいよ……本当の事を言ってくれて嬉しい!!」


 二人はアンジェリーナの前でも憚らず唇を重ねた。


「あらあらご馳走様、あなたたち、いま幸せ?」


「はい!! とっても!!」


 二人は満面の笑みでそう答えた。


「末永くお幸せにね……」


 ここは魔女のいる占い館……相談に訪れた者は必ず幸せになるという。

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