悪役令嬢として断罪された私が、なぜか牛に変身してしまいましたが、愛されて幸せになりましたわ

あやむろ詩織

短編

 私、マーフィー伯爵家の令嬢デイジー。

 ある日、自室で目を覚ましたら、牛になっていたの。


「モモォ~(食べて寝たら牛になる)! モ~(本当だったのね)!」


 姿見に映る私の姿は、まさかの牛。黒地に白模様の大きな胴体。頭に一対の角がある。そして、牛の私がいるベッドの上には、夜寝る前に着たネグリジェが残骸となって落ちていた。


「モモモォ~~(あのネグリジェお気に入りだったのに)! モオ~(ショック)‼」


 天蓋付きのベッドの上、ショックでシルクの寝具に顔を伏せようとすると、重みでベッドが軋む。


 まずいわ。下手に動くと、ベッドの底が抜ける。


 大惨事になる前に、緩慢な動きでベッドから下りると、専属次女のメグが部屋に入ってきた。


「きゃ~~~!!お嬢様の部屋に、牛が~~~!!」


 金切り声を上げるベスは、這う這うの体で部屋から飛び出す。


「モ~(やれやれ)。モモモ~、モモォ~(応援を呼ばれる前に、逃げるしかないわね)!」


 私は、廊下の真ん中をのんびりと移動する。

 まさに牛歩!!


 途中、何人かの使用人と出くわすも、腰を抜かしながら、道を譲ってくれた。

 

 それにしても、これからどうしたらいいかしら。

 この姿ではどこに行っても驚かれてしまうだろう。


 昨日あんなことがあったばかりで、今朝は牛の姿に変わってしまっただなんて、本当に私の人生踏んだり蹴ったりだわ。


 昨日の学園での出来事を思い出していたら、またストレスで無性にお腹が空いてきた。昨夜も夜更けまで自室でやけ食いをしたのに。


 牛の姿なら、青草しか食べられないのかしら。


 今後の食生活について悩みながら移動していた私は、いつの間にかお父様の執務室まで来ていた。


 お父様がお母さまと話している声が聞こえる。


「まさか、あの子を、あれ程傷つけてしまう婚約だったとは思わなかったな」


「そうですわね……。まさか格下のトンプソン男爵家の次男坊などに、卒業式の場で婚約破棄を言い渡されるだなんて! あの子はどれだけ辛かったことでしょう……。しかも、我が家の可愛いデイジーのことをデブだなどと罵って、あの次男坊が学内で親しくしていた女生徒の、スタイルの良さに嫉妬して、苛めをしていたと虚言を吐くだなんて! マーフィー家に対する侮辱ですわ! デイジーはデブではなく、魅惑的なぽっちゃりさんです‼ ……傷ついたあの子の心を癒すために、しばらく領地にでもやりますか?」


「いや、それよりは、懇意に取引をしている他国にでも、家族で旅に出た方が気分転換になるのではないか」


 私は屋敷を飛び出していた。

 

 両親に対する申し訳なさで、胸が痛くて苦しくて、居ても立っても居られなかったからだ。


 お父様、お母さま、ごめんなさい!

 昔からの取引先の家との婚約だったのに、婚約者の心を掴むことが出来なかった私のせいで、関係を悪くしてしまって……。

 マーフィー家の評判も落としてしまったわ。しかも牛の姿になんてなってしまって、もう合わせる顔がないわ。


 私は牛として生きていきます。

 遠くから、いつもお父様とお母さまのご多幸をお祈りしています。


 牛の体で駆けて駆けて、気付けばどこにいるのか分からなくなっていた。


 目に映る全てがちっぽけなものに感じられる。自分が世界で一人っきりの存在になってしまった気がして、目の前が真っ暗になった。


 きっと、お腹が空いているから、気持ちが暗くなってしまうのだわ。


 婚約者からデブと言われて断罪されて、寝て食べたせいなのか、突然牛に変身し、両親に顔向けできない存在になった、私の頭の中に今あるのは、ただただ、どうしたら食事にありつけるかだった。


 私は猫に威嚇され、カラスに逃げられ、同属の野良雄牛に求愛されながら、食べ物を探し続けた。


 お腹がすいた。


 背中とお腹がくっついちゃう。

 

「モー(あれは)!」


 ほとほと疲れた私の視界いっぱいに、良質な青草が生えている草原が見えてきた。


 ここが私の人生の終着点なのかしら。


 思えば、食べ物への執着ばかりの人生だった。


 両親に大切にされすぎて幼い頃から飽食な生活の日々、ぽっちゃりとした私に冷たく当たる婚約者とその友人たち、ストレスでより食欲が沸く負のスパイラルな日々などが、次々と走馬灯のように浮かんでは消えていく。


 私の令嬢としての人生はここで終わりを迎えるのかもしれないわね。


 でも、もし生まれ変われるとしたら、次は食べ物のことだけではなくて、お洒落を楽しんだり、恋を楽しんだりしたい……。


 シュー!!


 むっしゃむっしゃと、短草を食む私の目の前に、一陣の風が吹いた。

 巻き起こった旋風が止むと、中から人が現れた。


「なんということだ!」


 銀色のローブで全身を隠した男性だ。ローブの胸元には特殊な紋章が刻まれていた。よく見ると牛の模様だ。


「まさか、そんな! 神よ‼」


 その男性は恐怖を感じるほどに興奮していた。


 両足の間に尻尾を隠し、くっちゃくっちゃと草を反芻しながら、男性の様子を眺めていると、男性のローブの頭の部分がはらりとはだけた。


「モォ~(なんて美形なの)! モモォ~(目が溶けますわ)‼」


 銀色の長髪に、天色(あまいろ)の瞳。この世のものとは思えないほど整った美貌を持つ男性の耳はとがっていた。

 

「モ~ォ(まさか)! モォ~(エルフ族)‼」


 実際に会ったことは一度もないが、エルフ族の噂は何回か耳にしたことがある。


 人族とは違い、古代術式や古代魔法を扱えるエルフ族は、古文書解析や、魔道具、魔法薬作りを生業としている一族で、人族にとって、大変に稀少で貴重な存在と言われ、王国でも秘密裡に交易が行われており、たとえ出会ったとしても、見て見ぬふりをしなければならないと幼い頃から教えられてきた


 そんなエルフ族の男性が今目の前にいて、牛の姿のデイジーにいたく感激している。

 

「この見事な肉付き! 完璧な体形! 美しい毛艶! これほど美しいお牛様には、会ったことがない‼」


 人族にとって、稀少で貴重な存在である彼は、跪いて、優しく両手で私の右前足を掬うと、牛である私を拝んできた。


「どうか私に、あなた様を我が国へご招待する栄誉をお与えください」

 

 言い切ると、彼は、どこからか美しい布を取り出して、私を包み込んだ。

 

「モ~モモォ~(驚きすぎて同意する間もないわ)!」

 


 そうして、有無を言わさず連れ去られた私は、なぜかエルフの国の王宮の一室で、外来家畜所有者登録のための、検査の予定で並んでいる。


 「モモォ~(聞いてないわよ)!」


 オリヴァーと名乗ったエルフは、王宮官職の上級官長だったようで、役人が通りがかる度に、丁寧に挨拶をしてくる。その際、横にいる牛の私にも声をかけてきて、盛大に褒め称えてくるので、気恥ずかしい。

 

 どうやら、このエルフの国では、牛が神様として祀られているようだ。

 

「これほど美しいお牛様をお連れになるだなんて、さすがは補佐官殿ですね」


 受付係のキラキラした美少年役人が、牛を伴って訪れたオリヴァーに声をかける。


 エルフの国の住人は、右を向いても、左を向いても美形ばかりで、美のゲシュタルト崩壊が起きてしまうわ。


「ああ。人族の国で、上空を移動している時に見つけたんだ。まさに運命だよ」


「そうでしたか。人族では、野良お牛様がいらっしゃるんですね。我が国では考えられないことですね」


 美少年が、私の体に、何かレーザーのようなものをあててくる。

 すると、部屋の側壁に画像が現れた。


 なんと、私のプロフィールが書かれている。


 「モオォォ~~(プライバシー侵害ですわ)‼」


 途端、二人は顔色を変える。


「補佐官、人族の少女を誘拐してくるなんて、まずいですよ‼」


「そうだな。一目で惹かれ、何かあるとは思っていたが、変身した人族の少女だったとは」


「まさか、牛神様による御業ですか!」


「ああ。変化を解いても問題ないようだ」


 私の体全体を大きなローブで包んだオリヴァーが、何かを呟くと、みるみるうちに私の体は小さくなっていって、元の令嬢の姿に戻った。


「まあ、良かったわ‼」


 もう牛の鳴き声じゃない。嬉しくてたまらないわ。


 いつの間にか、ローブは私の体にぴったりのサイズになっていた。

 ローブの中が裸なのが恥ずかしくて、衿ぐりを引き寄せる。


 オリヴァーにお礼を言うために視線を上げると、私たちを中心に人だかりが出来ていた。


「これは! なんとお美しい‼」


 美形のエルフ族たちが、老若男女集まって、目が潰れそうだ。

 ふらりとよろけた私を、オリヴァーが支え、周りの目から隠す。


「近寄るな! 彼女は私のものだ‼」


 オリヴァーは、転移魔法を使って、即座にどこかの屋敷に私を連れ去った。


 その後、紆余曲折あって、現在私は、人族とエルフ族の架け橋として、親善大使となって、正式にオリヴァーの屋敷に滞在している。


 屋敷は、実家の倍は広くて、快適な住環境と高級な装飾品、そして世界中のご馳走が用意されている。

 今日も私は、オリヴァーにプレゼントされたドレスを着て、美味しいおやつをのほほんと食べている。


 エルフの国は、皆が美形すぎて、逆に私のような普通の、むしろぽっちゃりとした女性が好まれるようで、周囲からアプローチされまくる私が、誰かに取られないか、オリヴァーは気が気でならないらしい。


 見目の整ったエルフ属が不用意に人族の前に現れると、人族が腑抜けて使い物にならなくなるため、特定のエルフだけが、特殊なローブを身に着けた上で、貿易交渉などの場に出てくるらしい。


 稀少で貴重な存在と教えられた美貌のエルフであるオリヴァーは、屋敷に帰宅して、ローブを脱ぐと、毎日、甘く情熱的に求愛してくる。


 気恥ずかしくて、まだ返答していないが、懐の大きいオリヴァーに、私もメロメロである。

 

 婚約者のいる一令嬢として、人族の中で生きていた時よりも、甘やかで幸せな生活を送っている。

 両親ともいつでも会えるように、転移陣を私室に作ってくれたし。

 そろそろ気持ちを告白して、オリヴァーとこの国で一生過ごすことを決めてもいいかもしれない。


 だけど、免疫のない私は、激しいスキンシップにはまだまだ慣れなくて、恥ずかしさに今日も叫ぶ。


「もぉ~!」


 そんなのんびりしたデイジーは、エルフの執着を知らない。


********************


「ああ、今日も美しい。大らかで豊満なデイジーが、私にだけ気恥ずかし気に甘えてくる姿って、ほんっとに、たまらないなぁ」


 エルフであるオリヴァーの目には、牛神様の加護がついていて、ぽっちゃりとしたデイジーは、この世の至上の美姫にしか見えない。


「絶対に誰にも渡さない」


 仕事で人族の国に出向いた際、牛の姿のデイジーを見つけた。

 きっとその時から、牛の姿を通しても垣間見えるデイジーの本性に惹かれていた。


 牛の姿になっていたデイジーが、もし私以外の誰かに先に見つかって連れ去られていたらと思うと、嫉妬で胸がどす黒く染まりそうだ。


 つぶらな瞳をキラキラ輝かせ、厚めの唇で食べ物に食らいつく、魅惑的で愛らしいデイジー。


 私だけの、愛おしいデイジー……。


 デイジーを手元に留めおくために、何度も何度も人族に会って、交渉した。


 その際、デイジーが学園の卒業式に、無実の罪で婚約者から断罪されていたことを知った。


 私のデイジーを貶めて、許せることではない。


 デイジーのことを誰よりも愛している私が、デイジーの一番傍にいる権利がある。


 デイジーの傷を癒し、どうしたらデイジーが心安らかに、私の傍に生涯いてくれるようになるかを考え続けた。


「デイジーの元婚約者の伯爵家とは貿易を取り止めたし、狡猾な女狐は、二度とデイジーに近寄れないようにした。デイジーの実家とも懇意になれたし。ただ、忙しくしていたせいで、他の男共が、デイジーにアプローチできる隙を与えたのは失敗だったな」


 でも、裏切られて傷ついたはずのデイジーは、全然過去に頓着してなくて、新しい地で、 

 伸びやかに、美しく暮らしている。

 それにしても、私の愛情に絆されて、想いを返してくれるようになったのは嬉しい誤算だった。

 たとえ返してくれなくても、離しはしなかったけど。


「やっぱり、親善大使として、強引に屋敷に連れ込んで良かった」


 副補佐官は、私の後始末で、色々大変そうだったけど。今度労ってあげるか。


 美貌のエルフはひそやかに笑う。


「愛してるよ、デイジー」


 牛神様の牛歩戦術ならぬ牛変化によって、牛になった元悪役令嬢は、その後、美貌のエルフに想いを告げ、互いに深く愛し合い、子宝に恵まれて幸せな生涯を送ったという。ただ、デイジーの血を継いだ子供たちの争奪戦が、エルフの国で巻き起こることになるのだが、それはまた別の話。


 一方、デイジーを悪役令嬢として断罪した伯爵令息は、エルフとの国交に水を差した罪で、国を追われた。また、デイジーの実家は、エルフの国との優先的な交易権を得て、永く繁栄したという。

 そして、直接的、間接的にデイジーの断罪に関わった者たちは、エルフ族と牛神様から睨まれて、決して幸せにはなれなかったという。

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悪役令嬢として断罪された私が、なぜか牛に変身してしまいましたが、愛されて幸せになりましたわ あやむろ詩織 @ayatin57

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