☆3 異世界のスープは劇物の味




簡素なテーブルに置いてあった食事は、現代日本の飽食に慣れた細市の魂にとってひどく悲しくなるようなものだった。


だが、前世を思い出す以前の身体に染みついた習性がどうやって食べたらいいのか教えてくれる。


全粒粉でこねられたパンはアラブなどで食べられているようなピタパンで、イーストなどの酵母で膨らませるという概念がこの国にはないらしい。べしゃっと潰れたパンは力を入れて噛まないと咀嚼ができない。


添えられているスープには具が殆ど浮いておらず、汁でかさましされており、酸味と塩味だけがやたらときつい。その味覚破壊っぷりに出汁をとるとかうま味を引き出すとかそれ以前の段階なのだと痛切に感じた。


「……まず……っ」


スープにパンをつけながら食事を進めたが、衝撃的なほどのまずさに少年は打ちのめされそうになった。


(とりあえず塩分を多くしとけば旨い飯ができるというものではないだろうに!

なんという無意味な酸っぱさ!


例えるならこのスープはぬか床に沢山の酢と悪くなった食材を突っ込んだような味がする……)


少なく固いパンを遠慮しながら食べ、ノルマとして課せられたスープを沢山飲もうとする。けれど、塩気の強さに何杯も飲める代物じゃない。

思わず食卓に水を探したが、残念なことに水差しは空だった。思わず残りのパンに手が伸びようとしたところで、



「マケイン様?」


穏やかな優しい声が耳に入った。


振り返ると、そこにはほつれた紺色のワンピースにシミだらけの白いエプロン。頭には三角巾を身に纏ったそれなりに素朴で可愛い女子が目を丸くしてこちらを見ていた。


結われた茶色の髪に、年頃は十七歳くらい。

瑞々しい魅力のある優しそうな人だけど、それよりも目を引くのは胸元の大きさだ。

その弾むほどにある日本人ではなかなか見られないレベルの豊かな胸に、視線が引き寄せられてマケインは赤くなった。


「…………あ」


慌ててさりげなく己の眼差しを外す。そうして、ぎこちなく笑顔を浮かべた。


「や、やあエイリス。おはよう」


彼女はマケイン少年にとって姉のような人物だ。


「おはようございます」



眦りを緩めたモスキーク男爵家の唯一のメイド、エイリスは優しく微笑んだ。彼女が持っているのは繕い物をした洋服など。裁縫道具を元の場所にしまいながら、悪戯っぽく言われた。


「坊ちゃま、パンの盗み食いはよろしくありませんよ?」


その目はしっかり子どもの行動を見抜いていた。


「な、なんのこと?」


挙動不審に視線を逸らしたものの、エイリスはどこか得意げな表情をしている。どうしてそんな顔をしているのか……それを考えていると、



「私ったら、本当に罪深いメイドですわ……」陶然とした発言をされた。


「どうして?」


「マケイン様が節制の掟破りをしたくなるほどに美味しい料理を作ってしまうんですもの。これを罪作りといわずになんといいましょう」


おおきな胸をぼんと張り、エイリスはにっこりと笑う。目の前に揺れる大きな果実を見た少年が気まずくなっていると、彼女はお玉を使って特製スープを皿に盛り始めた。


「坊ちゃま、お代わりを食べるのでしたらこちらにしておきましょう。特別ですよ?」


げえ!?

この糞マズいスープをもう一回食べろと!?

善意によって味覚破壊スープ(二杯目)がマケインの前に突き出され、心の中で悲鳴を上げた。口にはまだ痺れが残っているのに、エイリスは両手の指を絡めてもじもじする。


「マケイン様は私の作るスープが昔からお好きですものね。毎日作り甲斐があることですわ!」


「そ、それは気のせいなんじゃないかな……」


「そんなことはありません! 田舎の素朴な味がしてとても美味しいと旦那様や奥様からも好評なんですよ!」


田舎の素朴な味=味覚クラッシャー。

この世界の人間は総じて味音痴なのか、食文化が育っていないのか。


(どちらにせよ、この劇薬のようなスープを俺は飲み干さなければならないらしい)


悪意のない微笑みに、マケインは気が遠くなりそうになった。

決死の思いでスープ皿に口をつけていると、台所に義母のマリラが入ってきた。


「あら、まだ食べていたの」

「坊ちゃまは育ち盛りでございますから」

「それはいいけど、エイリス。マケインの顔色が悪く見えるのだけど。なんだか今にも死にそうだわ」


的確に真実を言い当てたマリラは、俺の方に不思議そうな顔をする。そして、「さっさと食べ終えて鶏に餌をやってちょうだい」


そう、用事を言いつけた。


嘔吐しそうなのを我慢している為、マケインは返事ができない。げっぷをした後にこくこく頷くと、マリラは満足げにうっすら微笑んだ。


「そのあとは、明後日あさってに着る一張羅の裾丈を詰めておきましょう」


「明後日?」


どうにかスープを呑みこんだ俺が首を傾げると、マリラとエイリスは目を見張る。ため息と共に、呆れ声で言われた。


「あなたの十二歳の誕生日に、神殿でご加護の判別をすることになっていると何度も説明したでしょう。まさか忘れていたの?」


(ご加護?

……何そのファンタジー設定。

この世界ってもしかして、俺の予想よりも非科学的な世界なのだろうか?)





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