☆1 転生って突然だよね

細市充ほそいちみつる三十五歳。




昔から、彼は飯を食うことが好きだった。

非凡な才能があるわけではないが、味覚音痴だったわけでもない。賃金が多少低くとも、知り合いのファストフード店でダブルワークのアルバイトをしていた理由は……。


「ああ、うまい……」


 (まこと徹夜明けに食す、ハンバーガーの旨さよ!)


ケチャップとピクルスが得も言われぬ味わいを生み出し、柔らかなバンズとしっかりジューシーな肉とのコラボレーションがたまらない。


最近細市も自分の体型が緩んできているのは実感しているが、この楽しみを止めることなんて到底できるものではない。

これが分からない奴は、本気で人生を損している。絶対だ。


獣のようにチーズバーガーを平らげた細市は、今度は揚げたてのフライドポテトをむさぼり食う。むしゃむしゃと、勢いよく。

栄養バランスのことも一応考えてはいるので、サラダのレタスも残さず食し、ドリンクはコーラをぐいぐい飲んだ。


ぷはあ。至上の快楽。


さて、二個目のハンバーガーを食べるとするか。

そうして手を伸ばし、指についたソースを舐め、満腹になったところで彼は鞄を持って席を立つ。そろそろ家に帰って仮眠をとったら、また別の仕事だ。


欠伸をかみ殺しながら外に出ようとした、正にその時のことだった。


ぶうん、と謎のエンジン音がした。

視線を上げ、悪寒を感じて振り返ろうとした瞬間――。



――衝撃が肉体を襲う。

突然店内に猛スピードで突っ込んできた車によって、細市の身体は一気に吹っ飛ばされた。

粉砕されたガラスや壁だったものが辺りに散らばる。




(なんで。


どうして、俺が)



意識を失う、最期の一瞬。


(……ああ、アーメン)


激痛と血の臭いに襲われながらも、首の骨が砕けた彼はそのまま死亡した。








嫌な夢を見たようだ。

がばりと冷や汗を流しながら起き上がった彼は、鳥肌の立った自分の肌をごしごしさする。リアリティのある悪夢は、その痛みまでも克明に伝えてきた。まるで本当に自分が事故に遭あったかのように……、いや、確かに先ほどまでそうやっていたはずだったのだが。


目覚めた場所は、普段生活していたアパートの一室ではない。


寝心地のよくないベッドは埃っぽい臭いがするし、ダニでも住んでいそうなほどに古びている。辺りには枕の中身の木くずが飛び散っている。

天井の高い室内は木造の壁が見えていて、隙間からは冷たい風が漏れていた。


忍びよるように……肌寒い。


ぶるり、と身震いをした彼は、見覚えのないところで目覚めたという異常事態に頭を振った。頬でもつねってみようか……、そう思ったところで自分の指がやけに小さいことに気が付いた。


「……あれ?」


声も気のせいか高い。


「……え?」


(俺の身体って、こんなに小さいものだったっけ?)


彼の記憶にあったのは、ぐしゃぐしゃに粉砕された店内でミンチにされかかった絶命間際のものだけど、まさかそのまま転生してしまったのだろうか?



(これって……どこに?


寝具を見る限り、日本の布団じゃないぞ。これ)


しかもボロボロの毛布。室内に一緒に寝息を立てているのは、まだ幼いものが二つほど。


(ちょっと待て、もしかしてどこかの貧しい外国とかに……?


スラム街とか、アフリカとか?)


いやいや、直感はそうではないと告げている。

そこまで思考したところで、細市の魂を持つ子どもはある可能性に思い立った。



「トラックに轢かれて異世界転生……?」



ネットで流行りの、まさかのアレか。

いやいや、そんな突拍子もないことが起こるわけがない。万が一俺が転生していたとしても、太陽系の地球以外の場所に生まれ変わるだなんて、なあ?


空笑いを浮かべながら、むくりと起き上がった少年はたどたどしい足取りで壁についていた引き戸を開ける。


窓から外の様子を見ようとした彼の視界に入ってきたのは、街灯のない木造住宅の街並みに、砂っぽい道。そして、空に昇っているのは白と赤の二つの月だった。




「……え?」


(二つの、月?


白と、赤の双月だって?)




ひく、と少年の頬が引きつる。

受け入れがたい現実に、脳内が思考停止に陥った。




(夢であってくれ、頼むから)


そう思うのと同時に、ぐぎゅるるるる、と弱弱しい音が自分の腹から鳴った。

これからどうすればいいのか。どんな風に生きていけばいいのか。

軽いショックと共にそんなことを考えていた少年は、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。


「腹、減ったなあ……」


そんなことを思い、彼はちょっぴり情けなくなった。





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