第168話 文化祭

光君に『海外に行け』と言われた後も、頭の中には迷いばかり。


自分から『お互い隠し事はしないで何でも話す』と言ったくせに、千歳に『海外に行け』と言われたことは切り出せず、『プロテスト』のことも切り出せないままでいた。


千歳のことだから、英雄さんから何かを聞いていてもおかしくない。


けど、千歳は『海外』のことも、『プロテスト』のことも切り出してくることはなく、ただただ黙って隣を歩くだけ。


部活の時にボクシング場で考え込んでいると、千歳は人差し指を俺の眉間に当ててきた。


「ミット持とうか?」


そう言いながらにっこり笑いかけてくる千歳に、胸の奥が締め付けられながらも、ミット打ちをし続けていた。


何度も千歳に切り出され、ミット打ちをしていたんだけど、迷いが晴れることはなく、ひたすら体を動かす日々を過ごしていた。



月日が過ぎ、千歳はキックボクシングの公式戦に出場。


『千歳に海外のことを話したら、どんな顔をするかな… 行くなって引き留めてくれたら、吹っ切れるんだけど…』


千歳の戦う姿を見ながら考え続け、千歳は見事優勝していたんだけど、喜びよりも迷いのほうが大きく、素直に喜べないままでいた。



文化祭当日。


千歳は陸上部が出店する喫茶店の手伝いのせいで、同行できなかったんだけど、俺たちボクシング部は他校で行われる招待試合へ。


計6試合の招待試合が行われていたんだけど、試合中にもかかわらず、考え込んでしまったせいか、最終試合に出た俺は敗北。


陸人と学が勝っただけで、俺と杉崎を含めた他の4人は、完全敗北を記していた。


『メンタルの弱さか…』


改めてメンタルの弱さを実感し、かなり落ち込みながら学校に向かって歩いていると、学が切り出してきた。


「奏介さん、最近元気ないっすね」


「そうか?」


「はい。 千歳さんも無理して笑ってるっていうか、なんか変だし… 二人とも、昔みたくキラキラしてないんすよね…」


「そうかな?」


「そうっすよ。 千歳さん、この前のキックの試合も八つ当たりしてるような感じだったし、また揉めてるんすか?」


「揉めてはないけどさ…」


「あ、そういや奏介さん知ってます? 後夜祭の時、軽音部のライブの最後でキスしたカップルはずっと一緒にいられるってジンクス」


「なんだそれ?」


「なんか、最後の曲が終わった後、ちょっとだけ真っ暗になるんですって。 その間にキスしたカップルは、ずっと一緒にいるって話っすよ」


「迷信だろ?」


「それが違うらしいんすよ。 カズさんから聞いたんすけど、その場でキスした何組かは結婚したらしいっすよ? ヨシさんも知ってて『しとけば良かったかなぁ』って言ってました。 みんなそれ目当てで後夜祭に行くらしいっすよ」


学の話を聞いた途端、自然と歩くスピードが速くなり、学校についてすぐ、千歳に電話をしたんだけど、千歳は出ないまま。


学校中を探し、歩き回っていたんだけど、千歳の姿を探せないまま、部室に向かっていた。


部室に入り、一人でグローブの手入れをしていると、いきなりドアが開き、メイド姿の千歳が駆け込んでくる。


意表を突く姿に驚いていると、千歳は声を殺しながら俺に切り出してくる。


「かくまって!!」


「え?」


千歳は俺の声を聞く前に、俺のロッカーの中に入ってしまう。


『何事?』


そう思っていると、ドアが開き、今度は徹が中に入ってきた。


「あれ? 千歳ちゃん知らない?」


「千歳? …来てないけどなんで?」


「これから後夜祭じゃん。 本当に知らない?」


徹の言葉を聞き、学の言葉が頭を過ると同時に、思わずイラっとしてしまう。


「来てねぇよ」


「えー… こっちに来たと思ったんだけどなぁ… 見かけたら俺に連絡して」


徹はそう言った後、急ぎ足で部室を後にし、ロッカーから千歳のため息が聞こえた後、千歳はゆっくりとロッカーから出てきた。


「…何その格好」


「女子陸上部、メイド喫茶だった」


「マジで? その格好でウェイトレスしてたん?」


「うん。 けど、千夏ちゃんと裏に籠ってたから、ほとんど表には出てないよ」


「で、その姿見たら、徹に追い掛け回されたと?」


「うん…。 軽音部のライブ見に行こうって。 『奏介と見に行くからいやだ』って言ったんだけど、『招待試合で帰ってこないから行こう』って… すんごいしつこくて、殴りそうになったんだけど、殴っちゃいけないから逃げまくってた」


困った表情を浮かべる千歳を見ていると、胸の奥がギュッと締め付けられる。


「後夜祭、行こうぜ。 早く着替えて来な」


千歳の頭を撫でながらそう言うと、千歳はにっこり笑いながら頷き、部室を後にしていた。

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