第166話 迷い

ヨシ君の運転する車に激しく揺られ、やっとの思いで千歳の家に。


家に着くと、すぐ英雄さんが切り出してきた。


「奏介、ヨシの部屋で寝ろ」


拒否することも、否定することもできないまま、ヨシ君の部屋に行くと、あれだけ散らかっていた部屋は綺麗になり、布団が敷かれていた。


「掃除したんすか?」


「ああ。 就職先決まったし、4月からは寮生活始まるんだよ。 親父が『部屋の掃除したらプロテスト受けていい』って言うから、必死に掃除した」


「え? そんな話聞いてないっすよ?」


「昨日の今日の話だからな。 ついでに言うと、4月から東条ジムに移籍する」


「東条? なんで?」


「対戦したいやつがいるから。 同じジムのやつは公式戦で試合できないだろ? だから移籍する」


「それって誰っすか?」


「お前には関係無いことだよ」


笑い飛ばすように言い放つヨシ君の笑顔を見ていると、なぜか自分だけが取り残されるように感じてしまう。


『プロテスト受けたいけど、もし切り出したら、英雄さん、何て言うかな…』


そんな風に思いながら、布団に潜り込んでいた。



翌朝。


まだ雨が残っていたため、千歳とジムで縄跳びをしていると、英雄さんが顔を出してきた。


駆け足飛びを5セット終えた後、先に筋トレを千歳を追いかけるように、筋トレを始める。


最後の腕立てをしようとすると、千歳が背中に座ってきた。


「このまま腕立てね」


千歳はそう言った後、俺に体重をかけ、腕立てをするたびにカウントを数え始める。


普段は自分の体重だけなのに、千歳の体重もかかっているせいか、千歳がわざと体重をかけてくるせいか…


たったの10回腕立てをしただけで、腕がプルプルと震え始めていた。


「ほらほら。 あと20回だよ~」


千歳はなぜか嬉しそうに言い始め、千歳の声に応えるように腕立てをし続ける。


やっとの思いで腕立てを終え、パンパンになっていた。


パンパンになった腕を振っていると、英雄さんが切り出してくる。


「ちー、腹筋もしてやれ」


千歳は声に応えるように、グローブをはめ、俺の腹をテンポよく殴り始める。


『これも応援の一種なのかな?』


疑問に思いながら千歳のパンチを耐え抜き、トレーニングを終えた後、肩で息をしながらその場に座り込んでいた。


「お疲れ」


千歳はそう言いながら、スポーツドリンクを差し出してくる。


それを受け取り、スポーツドリンクを飲んでいると、英雄さんが切り出してきた。


「奏介、プロテスト受ける気あるか?」


「もちろんっす!」


「奏介と凌はプロテスト受けてもいいと思うんだけど、部活があるからなぁ…」


「そっか… プロになったら、アマチュアの公式戦に出れなくなるのか…」


英雄さんは腕を組んで困り果てたように言っていたんだけど、千歳は知らん顔をしながら後片付けをし続ける。


まるで他人事のように後片付けをし続ける千歳に切り出した。


「千歳はどう思う?」


「好きにしたらいいんじゃないかな? 1発で受かるとは限んないし、合格率も6割くらいでしょ? 部活のことが気になるなら、谷垣さんに相談するのがベストだと思うな」


「もし千歳だったらどうする?」


「その時の気分次第。 今だったら、間違いなく断ってるね」


「なんで?」


「なんとなく。 先にシャワー行っちゃうね」


千歳はそう言った後、自宅に戻ってしまい、ジムには英雄さんと二人きり。


その後も英雄さんと話していたんだけど、『プロテストをどうするか』の答えが見つかることはなく、考えながらヨシ君の部屋に戻っていた。



翌日。


昼休みに谷垣さんの元へ行き、プロテストの相談をすると、谷垣さんは平然と答えてきた。


「受けろよ」


「でも、部活がさぁ…」


「何事も経験なんだし、やるだけやってみたらどうだ? 受かるとは限らないだろ?」



その後も少し話し、教室に戻っていたんだけど、教室に戻った後も、考え続けていた。


谷垣さんはああ言っていたけど、せっかく受けるんだったら、1発で受かりたい。


将来的には受けるつもりだったけど、いざ『プロ』の言葉を目の前にすると、しり込みしてしまう。


『どうすっかなぁ…』


頭の中が『プロテスト』で埋め尽くされる中、退屈な授業を聞き流し続けていた。

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