第112話 顔合わせ

千歳が切り出し、早朝トレーニングの後は、英雄さんと千歳に挟まれ、ノーモーションパンチの特訓を続けていた。


特訓を終えた後、交代でシャワーを浴び、千歳の部屋にいるときは、スマホでノーモーションパンチの出し方を調べていた。


しばらく調べていると、千歳がシャワーから戻り、当たり前のようにベッドに座る。


「なぁ、ノーモーションのコツってある?」


「体で覚えるのが一番だよ」


その後も千歳は、俺の癖を指摘し、自分で動きながら手本を見せてくれた。



この日以降、早朝トレーニングの後は、英雄さんと千歳に挟まれ、ノーモーションパンチの特訓をするように。


自分のトレーニングの際、ヨシ君に切り出され、スパーリングをしていたんだけど、千歳に教わったことを思い出しながらパンチを出していると、初めて1発だけヨシ君の顔面に右ストレートが決まり、ヨシ君はダウンしていた。


『よっしゃ!!』


初めてダウンを取れた事が嬉しくて、思わず千歳の方を見ると、千歳は離れた場所から、桜さんと二人で右の拳を突き出してくる。


それに応えるように、右手を突き出すと、ヨシ君がゆっくりと立ち上がり、切り出してきた。


「面白れぇじゃん」


「え? 立つの?」


「ったりめぇだろ。 生きて帰れると思うなよ?」


嫌な予感を感じつつも、リング中央でファイティングポーズを取るヨシ君の前に立ち、ボコボコにされまくっていた。



来る日も来る日も、早朝トレーニングとジムの手伝い、自分のトレーニングを繰り返し、ヨシ君にボコボコにされまくっていた。


ノーモーションパンチが上達すると同時に、ヨシ君の表情に余裕が消え、必死さが窺えるようになっていた。


英雄さんと千歳は、そんな俺の姿を見て、嬉しそうな表情を浮かべるばかり。


『きっかけもこの二人だし、上達したのもこの二人のおかげなんだな…』


千歳の寝顔を見るたびにそう思い、そっと気づかれないよう、こめかみやおでこに唇を落としていた。



年末が近づくと、ジム自体が休みのため、早朝トレーニングばかりだったんだけど、カズさんが休みに入ったおかげで、特訓は英雄さんと千歳だけではなく、カズさんも混ざるように。


と言っても、カズさんは二日酔いのことが多く、ボーっとしながらミットを構えるばかりだった。



年始になると同時に、ジムに通うみんなが英雄さんの家に来て、新年の挨拶をしに来ていたんだけど、英雄さんの隣で飲み物を注いだり、食事をとってあげたりし、桜さんは千歳や智也君とともに英雄さんをからかって、遊びまくっていた。


ある日のこと。


カズさんの部屋でゲームをしていると、凌がカズさんの部屋に入ってきた。


「カズさん、光君来ました!!」


凌はそれだけ言うと、部屋を後にし、慌てた様子で千歳の部屋のドアをノックしていた。


『光君って、千歳の初恋の人だよな?』


軽くイラっとしながらも、カズさんに言われ、廊下に出ると、廊下で千歳とばったり。


カズさんは何も気にすることなく、千歳の前を通り過ぎ、階段を下りてリビングへ直行。


リビングに行くと、ニット帽を被った小柄な男性が、帽子を取りながら英雄さんに挨拶していたんだけど、ニット帽の下は丸坊主。


坊主なんだけど、カッコよさを滲み出している男性を見ていると、千歳が口を開いた。


「ご無沙汰してます?」


「んな改まってんなよ」


千歳の言葉にこたえるように、男性は千歳の頭をグシャグシャっと撫でていたんだけど、千歳は恥ずかしそうに俯き、少しだけ頬を赤く染める。


その横顔は今まで見たことがないくらいに可愛らしく、『恋する女性』の顔をしていた、かなりイラっとしてしまった。


「この前と全然違うし…」


「会社を辞めて、トレーナーとして近所のジムに勤め始めたんだ。 休みもしっかりあるし、ストレスから解放されたら元に戻ったよ。 皮膚は伸び切ってるけどな」


「全然知らない人みたい…」


「そんな事ねぇだろ? 相変わらず、ちーの頭は撫でやすいな」


俯いたまま小声で呟くように告げる千歳に対し、光君はそう言いながら頭をなで続け、人知れずイライラし続けていた。

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