第111話 特訓
早朝からトレーニングをした後、ジムの手伝いをし、自分のトレーニングまでしたせいか、19時近くなると眠くて仕方ない。
眠くて仕方ないんだけど、夕食を終えた後、ヨシ君が「ゲームしようぜ」と切り出し、眠れないままでいた。
20時を過ぎたころになると、俺とヨシ君の叫び声を聴いたカズさんが乱入する始末。
結局、千歳の部屋に入ったのが22時近くになってしまったんだけど、千歳はベッドで横になり、静かに寝息を立てていた。
ベッドの横には、壁を作るようにテーブルが立てかけられ、その手前には布団が敷かれている。
『壁のつもり? 半分も隠れてねぇし、全然意味ねぇじゃん…』
そう思いながら寝顔をのぞき込むと、カーテンの隙間から差し込む、月明かりに照らされた千歳の無防備な寝顔は、キラキラと輝いて見える。
そっと短く切り揃えられた髪に触れると、千歳はうなり声をあげながら、布団を目元まで上げてしまった。
その行動になぜかホッとし、そっとこめかみに唇を当てていた。
ゆっくりと唇を離しても、千歳は静かに寝息を立てたままで、目を開けることはなかった。
『おやすみ…』
黙ったまま布団の中に潜り込み、ゆっくりと目を瞑っていた。
翌朝。
腹部に衝撃が走り、声にならない声をあげながら目を開けると、グローブを手にはめた千歳が笑いながら告げてきた。
「起きろ」
「おま… いきなり殴んなよ…」
「起こしてあげてるんでしょ?」
「もっと優しく起こせっつーの!」
「あっそ。 じゃあ置いてく」
「待った!!」
慌てて呼び止めたんだけど、千歳はグローブを棚に置き、さっさと部屋を後にしてしまった。
急いでトレーニングウェアに着替え、庭に行こうとすると、外は生憎の雨。
『雨ってことは縄跳びか…』
玄関を飛び出し、傘も差さないまま、隣にあるジムに駆け出していた。
ジムに駆け込むと、千歳はストレッチをしている最中。
千歳の真似をし、ストレッチをした後、駆け足飛びと筋トレをしたんだけど、千歳がミットを手にはめながら切り出してきた。
「グローブとバンテージ持ってきてよ」
千歳に言われた通り、部屋からグローブとバンテージを持ってくると、千歳は当たり前のように、俺の手にバンテージとグローブをはめ始める。
千歳に言われ、サンドバックを殴り始めたんだけど、千歳は真後ろに立っているせいで、手にはめているミットに肘がぶつかってしまう。
「ほら。 またぶつかった。 大振りなんだって」
肘がぶつかるたびに、千歳は注意してくれたんだけど、肘を引かずにパンチをすると、「へなちょこパンチ」といちいち忠告してくる。
何度も注意を受けながら、サンドバックを殴り続けていると、英雄さんがジムに入ってきた。
「ノーモーションか?」
「そそ。 前から大振りなのが気になってた。 奏介がノーモーションマスターしたら、ヨシ兄の脅威になるんじゃない?」
「…何かされたのか?」
「一晩中うるさくて寝付けなかった」
『ごめん。 それ、俺かも…』
英雄さんに対し、千歳がはっきりと言い切ると、英雄さんがミットを持ち、「打ってこい」と切り出してくる。
「へなちょこ」
「もっと強く打て!」
「ぶつかった」
「もっと踏み込め!!」
交互に声をかけてくる、千歳と英雄さんに挟まれ、夢のような特訓を続けていた。
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