第93話 デート

翌朝。


目が覚めると全身が痛い。


夕べ、寝る直前に英雄さんに電話をし、電車に乗る許可を得たまでは良い物の、ストレッチをする前に寝てしまったせいか、少し動くだけで全身に鈍い痛みが走っていた。


千歳にメールをし、日にちを変えてもらおうかとも思ったけど、1日でも先延ばしにしたくないし、浮足立つ気持ちを抑えきれず、準備をした後、すぐに家を出ていた。


駅に着いたのが待ち合わせの30分前。


かなり早くついてしまい、スマホで店の場所を再確認し、良さそうなシューズを探していると、駆け寄る足音が聞こえてきた。


ふと視線を向けると、ブラックジーンズと白いオーバーサイズニットにコートとブーツに身を包んだ千歳が駆け寄ってきた。


普段、トレーニングウェアか制服姿しか見ていないせいか、すごく新鮮で、少し大人びて見えるその姿に、思わず見惚れていると、千歳が不安そうに切り出してきた。


「何?」


「え? あ、いや… 普段、ジャージばっかりだからさ… 見慣れないっていうか… めちゃめちゃかわいい…」


「早く行くよ!」


言葉を止めるように言われた後、二人で電車に乗り込み、スポーツショップへ向かう。


電車に揺られていると、千歳が不安そうに切り出してきた。


「電車は甘えなんだよねぇ…」


「そう言うと思って、昨日、英雄さんに聞いておいた。 シューズ買いに行くのに付き合ってもらうから、電車に乗せていいか聞いたらOKだって」


「普通そういう事聞く?」


「聞かないと後でボコられるじゃん」


「でもさぁ…」


「内緒にしてボコられたかった?」


「んな訳ないじゃん」


軽く言い合いをしながら電車に揺られ、目的地の最寄り駅に到着した。


改札を出てすぐ、千歳は隣を歩いていたんだけど、千歳の歩く速度が早いため、1歩踏み出すごとに鈍い痛みが走る始末。


『もうちょっとゆっくり歩いて』


はっきりと言葉にしてしまうと、千歳が『帰ろう』と言ってしまいそうで、黙ったまま千歳の手を握り、ポケットの中に自分の手ごと押し込むと、千歳は驚いたように俺の顔を見て切り出した。


「あのさ、手…」


「デートなんだからいいだろ?」


「歩きにくい」


言葉では減らず口ばかりを叩いているけど、ポケットの中では俺の手をしっかりと握りしめている。


その行動があまりにも嬉しくて、千歳の手をギュッと握りしめ、カズさんに教えてもらったスポーツ用品店へ向かってた。



ショップに入った後、自然と手を離し、二人でシューズを見て歩いていた。


ショートタイプとロングタイプのどちらがいいかで軽く言い合いになっていると、店員さんがキョトーンとしながら見てくる。


そんなことを気にせず、ショートシューズを勧めてくる千歳に切り出した。


「英雄さん、いつもロングだったろ?」


「試合の時だけだって。 父さん、本当はショートの方が好きなんだよ? 当時の流行がロングだったから、それに合わせてただけ。 今は常にショートじゃん」


「そっかぁ… どうすっかなぁ… でもなぁ… ロングのほうがボクサーって感じしない?」


「それは古い人間だからじゃないの?」


「…喧嘩売ってる?」


「買う? ハンデありで」


「ハンデなしでも勝てるかわかんねぇのに、ありだったらまず勝てねぇじゃん」


散々悩んだ挙句、千歳の勧めた通り、黒と赤のショートシューズに決めたんだけど、その後も店内を話ながらウロウロしていた。


グローブコーナーに移動し、話しながらグローブを選んでいると、店内に置かれていた時計が視界に飛び込んだ。


「そろそろ映画の時間だ。 後でまた来ようぜ」


会計を済ませた後、千歳の手を握ったまま映画館に向かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る