第63話 報告

英雄さんの誘いで、自宅のリビングに行き、千歳がいないことにがっかりとしていた。


しばらくみんなと話していると、お母さんがケーキとアイスティーを運んでくれたんだけど、背後から和人さんの声が聞こえ、キッチンへ行くと、和人さんと女性が話をしていた。


「奏介だっけ? うちに入ったんだってな」


「はい…」


「ん? 嫌だったのか?」


「いえ… 嬉しいんですけど… あの、千歳っておじいさんの家に帰ったんですか?」


「ああ、2階にいるよ。 これ、運んでやってくんね? 階段上がってすぐが千歳の部屋」


和人さんはそう言いながら、トレーにケーキとアイスティーを乗せ始める。


「あ! あたし行く!!」


「桜! 邪魔してやんなって」


和人さんは呆れたように桜さんに言い、顎で『行け』と合図してくる。


黙ってうなずきながらトレーを持ち、すぐに階段を上っていた。


階段を上がってすぐ横にある、ドアをノックしたんだけど、何の反応もない。


『あれ? ここじゃない?』


不安に思いながら周囲を見回していると、ドアがゆっくりと開き、千歳が顔を覗かせたんだけど、千歳の顔を見ただけで、胸の奥がギュッと締め付けられる。


「これ、和人兄さんが…」


「サンキュ」


千歳はトレーを受け取っていたんだけど、その声だけで、さらに胸の奥が締め付けられる感覚に襲われていた。


少しでも千歳のそばに居たくて、部屋の中に入り、ドアを閉めながら切り出した。


「なんで言わなかった?」


「千尋じゃないから」


「間違えてるって言えば済む話だろ?」


「めんどくさい」


千歳ははっきりと言った後、トレーをテーブルに置いた。


『やっぱり嫌われてんだ…』


大きくため息をつき、小さな千歳の唇を見ていると、触れたい衝動に襲われる。


「なぁ、男と女が部屋で二人っきりって、危ないと思わない?」


掌で千歳の頬に触れると、愛しい気持ちが膨れ上がる。


千尋という名の春香にだって、自分からしたことがなかったのに、千歳を前にすると、触れたい気持ちでいっぱいになってしまう…


『やべぇ… マジで好きすぎる…』



ゆっくりと顔を近づけようとすると、千歳はいきなり「お父~~」と、大声を出し、慌てて頬に触れた手で口をふさいだ。


「嘘です。 ごめんなさい。 ほんの冗談です」


千歳は小さくため息をついた後、ベッドにもたれかかるように座り始め、小声で切り出した。


「覚えてない?」


「何を?」


「同じ小学校に通ってた事。 親父さんが初の防衛戦に勝った時、同じ学校だったんだよ。 俺、毎日、英雄さんの練習を見に行ってたし、そこで千歳の事も見てた」


「覚えてないし、人違い」


「いや、あの時と全く同じファイティングポーズだった。 たぶん、あの時流行ってたアニメの主人公が『千尋』って名前だったし、いつも『ちー』って呼ばれてたから、ごっちゃになったんだろうな」


「あっそ」


千歳は言い放つように言った後、アイスティを一口飲む。



『俺、めっちゃ嫌われてね? 調子に乗りすぎたか…』


ため息を飲み込みながら切り出した。


「俺さ、中田ジムに移籍するから。 よろしくな」


逃げ出すように部屋を後にし、階段を駆け下りると、和人さんが驚いた表情で聞いてきた。


「どうした?」


「…俺、めっちゃ嫌われてるんすね」


「嫌われてる?」


「何話しても無関心っつーか、言い放つような感じなんで…」


「ああ。 桜以外にはいつもそんな感じだよ」


「え? そうなんすか?」


「あいつ、人見知り激しいからな。 ヨシはほとんど喋んねぇんじゃね? くだらないいたずらするから」


和人さんが言うと、桜さんが思い出したように声を上げた。


「あ! あたしもこないだやられた!! 『コーラ飲む?』って聞かれて貰ったらさ、あいつ蓋にメントス仕込んでたみたいで、開けた途端、いきなり噴射したんだよ? マジふざけてね?」


桜さんの言葉を聞き、合宿中に起きたことを思い出した。


『中田ジムに通うってことは、あれが毎日…』


軽い身震いをしつつも、和人さんと桜さんの3人で話をしていた。


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