第59話 しつこい

中田に『嫌われてる』と分かった日の放課後。


谷垣さんが「明日の部活、朝9時に学校前集合な。 中田ジム行くぞ」と声をかけてきた。


「やっとだよぉ…」


畠山君がため息交じりに言うと、谷垣さんが答えていた。


「なかなか都合付かなくてな。 英雄さんが『明日は隠し玉を見せる』って言いきってたぞ?」


「隠し玉? 何それ?」


「さぁ? あ、もしかしたら、和人かもな。 義人の兄貴。 大学卒業した後に専門行ったって言ってたけど、何の専門行ったんだろうなぁ…」


『ちーじゃないんだ… つーかヨシ君って兄貴居たんだ…』


軽く落ち込みながら部活を終え、玄関に行くと、またしても門の前で中田と春香が話している。


急いで靴を履き替え、中田に近づきながら、春香に切り出した。


「いい加減しつけぇよ」


「あ、あのね、奏介…」


春香の声に耳も傾けず、まっすぐに歩き出そうとすると、中田が切り出してくる。


「話くらい聞いてやれば?」


「はぁ? なんで? こいつは俺を騙したんだぞ?」


「謝ってんだし別に良くね? だいたい、英雄と千尋はあんたと関係ないっしょ?」


「あるんだよ。 英雄さんも千尋も俺の憧れ。 あの二人がきっかけでボクシングを始めたし、二人のファイティングポーズほど、かっこいいものはない」


はっきりとそう言い切ると、中田は呆れかえったような表情を浮かべる。


すると春香が、会話に割り込むように切り出した。


「お願い! 少しだけ話を聞いて!」


「嫌だ! お前の顔なんて見たくねぇよ」


「どうして? 嘘なんかついてないのに!!」


「はぁ!? まだ嘘つくのかよ… 俺はお前の嘘に付き合うほど暇じゃねぇんだよ!」


「嘘じゃないの! お兄ちゃんが学校に来たって言ったでしょ!? そのせいで改名したの!」



春香が怒鳴りつけるように言い切った後、ふと隣を見ると中田がいない。


「もおおおお! お前のせいで帰っちゃったじゃねぇかよ!!」


怒鳴り返しながら歩き始めると、春香は泣きながら後を追いかけ、何度も腕を掴まれては振り払い続けていた。


しばらく歩いていると、駆け寄る足音と同時に、「うぃ~~~」と言う声が聞こえてくる。


振り返ると、トレーニングウェアに身を包んだヨシ君が駆け寄り、いきなり切り出してきた。


「明日、うちに来るんだって?」


「はい。 英雄さんが『明日は隠し玉を見せる』って言ってたらしいんですけど、『隠し玉』って何すか?」


「隠し玉? 兄貴かな?」


「え? 兄貴居るんですか?」


「ああ。 元キックボクサーで、今はパティシエやってるよ」



『兄貴? もしかして、キックボクサーの兄貴が暴力を? それで改名した?』



頭を過った考えに、何も言えないままでいると、ヨシ君は不思議そうな顔で俺を見てくる。


「どうした?」


「いえ…」


「そ。 んじゃ明日、遅れるなよ」


ヨシ君はそう言った後、勢いよく走り出してしまい、考えを振り切るように走り出した。



『違う! 絶対に違う! 千尋はあいつじゃない!! 英雄さんの息子が… あんなにかっこよくて優しい人の息子が、女に暴力なんて、そんな最低なことをするわけない!!』



自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返し、走り続けていた。

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