第21話 入会

中3になり、部活を引退したある日のこと。


受験勉強をしていると、親父が切り出してきた。



「奏介、ちょっと話あるんだけどいいか?」


勉強する手を止め、親父のいる隣の部屋に行き、すぐ横に座ると、親父は言いにくそうに切り出してきた。


「実は海外出張が決まってな… 今のところ、期間は3か月なんだけど、じいさんのところに住まわせてもらおうかと思ってるんだ」


「行かないよ。 俺、一人でいいし、今までだって一人みたいなもんだったじゃん。 それに本気でジム通いしようと思ってるしさ」


「ジムなら向こうにもあるだろ?」


「広瀬ジムがいいんだ。 元世界チャンプの中田英雄がトレーナーやってるんだって。 あの人に教わりたい」


はっきりとそう言い切ると、親父は少し驚いた表情の後、小声で「そうか…」とだけ。


「家ももっと狭いところでいいよ。 あ~、出来れば学校と広瀬に近いといいなぁ…」


思わず本音が口からこぼれると、親父はクスっと笑うだけだった。



数か月後。


薫は一足早く推薦で同じ学校に入り、俺は一般入試を受けることに。


受験を終え、無事に合格すると同時に、親父に切り出され、広瀬ジムの見学にいったんだけど、カウンターバーも設備されているせいか、ものすごくお洒落で女性会員が多い。


フロアによって、トレーニング方法が変わるんだけど、2階と3階には高そうなトレーニングマシーンも多かった。


広瀬ジムの中を案内してもらったんだけど、英雄さんのことを思い出すたびに緊張してしまい、案内をしてくれている女性に、何も聞けないまま。



ボクシングルームに行ったんだけど、英雄さんの姿はなく、緊張のせいで聞き出すことも出来ず。


女性は自慢げにマシーンの説明までもをしていたんだけど、どんなに高価そうなマシーンよりも、英雄さんの存在のほうが大きく、話を聞き流し続けていた。



その場で入会を決めようとしたんだけど、入会金やら保険やら、月謝やらで、かなり高い。


一番高いVIP会員は、好きな時に好きなだけジム内の設備を使えるんだけど、高校生がコンビニバイトをした時の月給よりも高かった。


本当は毎日通いたいんだけど、親父が出張に行ってしまい、じいちゃんの家に行くことを拒否したせいで、事実上の一人暮らしが始まるから、そこまでわがままを言えるわけもなく、一番安い『週に1回、1時間のボクシングビギナーコース』に決めていた。



帰り際、親父が「本当にあのコースでいいのか?」と切り出してきた。


「いいよ。 足りない分はトレーナーに聞いて、自主トレで何とかする」


「そうか… 頑張れよ」


そう言ってくる親父は、少し寂しげで心配そうな表情を浮かべていた。



翌月の4月から、念願だったジム通いが始まるんだけど、胸の高鳴りを抑えきれず、毎日のように縄跳びをし続けていた。


『もうすぐ… もうすぐ英雄さんと千尋に会える』


そう思うだけで、胸が高鳴ると同時に、胸の奥がギュッと締め付けられる感じがしていた。

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