家庭の味

フジ・ナカハラ

 日曜日の夕方、アツシは自宅のキッチンで夕食の準備をしていた。牛肉、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、しらたきを調理スペースに出して並べる。先週食べたばかりではあるが、もう一度肉じゃがをつくるのだ。妻のサキと二人分。作り置きのため、材料は少し多めに用意してある。

 ただ、アツシが調理するのはそのうち半分だけだ。もう半分を調理するのは、家庭用全自動調理ロボット〈オート・シェフ〉である。

 これできっと、サキとけんかになった原因に決着がつくだろう。アツシは、一週間前のことを思い出していた。


 その日、二人の家に〈オート・シェフ〉がやってきた。

 〈オート・シェフ〉は、人間に代わって家庭のキッチンに立ち、調理を自動で行う家電である。「あなたの家にも専属シェフを」を売り文句に、日本の電機メーカーから発売された。外食チェーンで業務用の調理ロボットが導入されるようになってずいぶん経つが、家庭用として日本で売り出されたのはこれが初めてだ。海外ではすでに似たような製品が販売されているものの、サイズや調理方法が日本の家庭向きではなく、みそ汁すらまともにつくれないとの噂だった。その点、〈オート・シェフ〉はどんな具材のみそ汁にも対応できる。

 その見た目は、シェフと呼ぶにはいささか人間離れしている。小型冷蔵庫くらいの箱が胴体で、底には車輪がついており、また、上部は二本のロボットアームとカメラなどのセンサを積んだ長い首がのびている。機能性を追求したそのフォルムは、最新家電だというのに無機質で野暮ったく、日本の電機メーカーらしさがでていた。

 〈オート・シェフ〉の購入に積極的だったのはアツシのほうだ。アツシとサキは共働きで、料理を含め家事は二人で分担している。ただ、分担にこそ文句はないが、アツシは機械にできる家事は可能なかぎり機械にまかせたいと考えていた。すでに掃除や洗濯は機械まかせだ。残すは料理だったが、便利な調理家電こそあれ、完全自動化とはいかなかった。そこに現れたのが〈オート・シェフ〉である。アツシは発売されるやまっさきに飛びついた。サキも――値段を見たときはしぶい顔をしたが――基本的には家事を自動化する方針には賛成で、購入に反対はしなかった。

 アツシは初期設定と〈オート・シェフ〉向けのキッチン環境づくりを済ませると、さっそくその日の夕食をつくってもらうことにした。料理当番は日曜からはじまる週替わりで、本来ならその日からサキの番がはじまることになっている。しかし、これがうまくいけば料理当番そのものがいらなくなるかもしれない。

 モバイル端末で先ほど設定した〈オート・シェフ〉アプリを開き、プリセットのレシピから肉じゃがを選択する。販促用の動画でも使われていたレシピだ。ただ、アツシもサキも関西出身なので、材料に豚肉ではなく牛肉を使う。また、だしは普段から使っているだしパックでとる。調味料の量や配分も好みにあわせて調整する。こうしたアレンジもアプリから設定可能だ。外食や惣菜ではできない、家庭用調理ロボットならではの機能である。

 レシピの設定を入力し、調理開始ボタンを押す。あとはできあがるのを待つだけ。

 とはいえ、初めて〈オート・シェフ〉を使うのだ。やはりロボットがどんなふうに料理するかは気になる。アツシは少し離れたところからようすを見守った(近づきすぎると安全のため停止してしまう)。初期設定には興味のなかったサキも、いざ調理がはじまると気になるようで、アツシの隣にやってきた。

 〈オート・シェフ〉は二本のマシンアームを使って調理する。その手首から先は交換可能になっており、手の形をしたものだけでなく、専用の包丁やピーラー、キッチンバサミ、おたま、フライ返し……などなど様々なアタッチメントに自身でつけかえることができる。これらは胴体の箱に収まっており、安全性や機械的な扱いやすさのため、人間が使うものとは少しちがった形状をしている。調理後の手入れはアタッチメント部分を食洗機につっこむだけでよい。フライパンや鍋は市販のものを使用し、取っ手ではなくそのフチを直接はさんで固定したり動かしたりする。やけどの心配がない機械ならではの芸当だ。

 マシンアームが主要な役割を果たすが、それだけで調理するわけではない。〈オート・シェフ〉はネットワークに接続し、直接通信して周囲の電子機器を操作するのだ。人間向けに用意されたボタンやツマミをちまちまいじるなんてことはしない。アツシたちは結婚と同時にスマートキッチン対応の比較的新しい物件に引っ越していたため、IHコンロなんかもネットワーク経由の操作に対応している。また、少しでも料理を楽にするため、いろいろな調理家電を購入してきたのも無駄にならない。IoT (Internet of Things) のための標準化された通信規格が普及したおかげで、こうした機器間の連携もずいぶんとやりやすくなった。

 そんな最新のテクノロジーを詰めこんだ〈オート・シェフ〉だが、実際の動作は少し期待はずれだった。カメラで材料を認識し、ロボットアームでつかみ、まな板の上まで持ってくる。たったこれだけの所作に十秒以上かかるのだ。業務用調理ロボットとちがって、家庭用ではさまざまなキッチンやレシピに対応する汎用性が求められる。一方で、家庭用は業務用ほどのスピードは求められない。そのため、〈オート・シェフ〉は汎用性を得るためにスピードを犠牲にしていた。手早く食べたいならインスタント食品や弁当を買うなりすればいいわけで、〈オート・シェフ〉を購入するような人は調理時間にはこだわらないとメーカーは判断したわけだ。

 動き出した瞬間こそ面白かったが、単調な作業は動作があまりに緩慢で、あっという間に熱が冷めてしまった。サキはとっくに飽きてリビングにもどっている。アツシはしばらく残ったが、ぎこちない動きにやきもきするばかりで落ち着かず、おとなしく離れて待つことにした。

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