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 しばらく雑音が続く、やがてノワル曹長の声が無線機から響いて来た。


『こちらミミズク、ハゲワシ、受信に成功!繰り返す受信に成功!・・・・・・見えます!丸見えであります!あれが西側から見たインティワシ、・・・・・・なんて素晴らしい』


 山頂の下ではワイナ・ウリさんの「こちらから仕掛けるぞ!」の怒鳴り声、それを打ち消す少佐の声「アンタらはここで大尉と機材を守れ!奴等は俺とシスルで抑える!」

 ラチャコ君が今から始まる戦いに加わろうと、山頂から降りようとしていたのを見つけた私は思わず。


「君は行かなくていい!それより、これの前に立って、早く!」


 言われるままに対物 透鏡レンズまえに立つ彼。一旦、撮影機を北に振り、私たちが踏み越えて来たワリャリョ連峰の稜線を捕らえると「こちらハゲワシ、ミミズク、放送開始!」 ノワル曹長の『こちらミミズク、了解、放送を開始する』の声を聴くと、私は撮影機に付属する微音機マイクが拾ってくれるように大声で自分の頭の中に浮かんだままの言葉を、必死で覚えたファリクス語で口にした。


「全球中の皆さん、ご覧になっているでしょうか?ただいま民主国同盟海外共同統治領南部、ワリャリョ連峰の最高峰、オルコワリャリョ山の頂よりこの映像をお届けしています」


 ここで私は撮影機を再び東へ向け、画面の中にラチャコ君とインティワシの両方を収めるようにすると焦点を合わせる。


「本日、私たちは人類で初めてこの山の頂を踏みました。つい昨日まで登れば天罰を受ける山、思いあがった人間を罰する『天譴てんけんの山』と恐れられ誰も寄せ付けなかった山です」


 微音機マイクを手で押さえ、ラチャコ君に「笑って!さぁ笑って!」

 彼はまた言われるままに必死で笑みを作る。

 その顔にぐっと寄って焦点を合わせた。


「でも、私たちは万難を排し、この頂を踏みました。これでこの山は人が登れる山である事が証明されました」


 今度は引いて、ラチャコ君と出来る限りインティワシ連峰の稜線が収まる様な画面にする。


「しかし、この山の神聖さが失われることは無いでしょう、そもそも私たち人類などというこの星の悠久の歴史から見れば取るに足らない存在が、頂に立てたというだけでこの山の神聖性を剥ぎ取ることなどは出来ないのです」


 再び無線機の拡声器スピーカーから興奮しきったノワル曹長の声。


『拓洋の寂峰荘、総軍司令部、ボーチェスタ、ポルタ・ジ・ドナールの高等弁務官事務所、望海京でも画像の受信を確認!大尉殿!全球中に放送されています!大成功です!大、大、大成功です!』


 ああ、良かった。成功したんだ・・・・・・。

 ここで私はやっと成功の実感を味わう事が出来た。

 何かが胸の中からこみあげて来てくる。

 それでも言葉が詰まりそうになるながらも、私はしゃべり続ける。


「そして、いま画面に映っている少年や他のイェルオルコの人々居たからこそ、山は私たちを迎え入れたのでしょう。かつてはその美しい毛皮の狙われ虐殺され、今でも北方大陸の人々の思惑に翻弄される彼らですが、元はと言えばここは彼らの土地であり、この山を恐れ敬い守って来た民なのですから。山はこの土地で生まれ育ち歴史を育んできた民を受け入れたにほかなりません」


 西の方から外国語の怒声が風に乗って流れて来る。少佐とシスルが戦っている。

 もう放送は十分だ。切り上げよう。


「放送をご覧の皆さん、この映像をしっかりご記憶ください。そして、これが世界を理解し世界に寄り添うための一歩を踏み出した証だと、思って頂ければ幸いです。それでは皆さん、さようなら」


 無線機に向かって「こちらハゲワシ、ミミズク、送信を終了する」と告げる。帰って来た『こちらミミズク、ハゲワシ了解、ご苦労様でした無事のご帰還、お祈りします』を聞くと撮影機の電源を落とし、電源 釦鈕スイッチの下にあるもう一つの釦鈕スイッチを力いっぱい押し込んだ。

 撮影機に仕込まれた、機密保持のための最後の機能。つまり自爆釦鈕スイッチ

 これで撮影機は三十秒後に元の形が判別できないほどに爆発し燃え上がる。送信機にも発電機にも自爆装置は仕込んである。

 血のにじむ努力を注ぎ作り上げ、命懸けでここまで運んできた私の分身の様な装置達。けど、敵に奪われるよりはここで一気に散らしてやりたい。

 ごめん、そしてありがとう。


「さぁ!ここから逃げよう!もうじき爆発する」ラチャコ君の防風上衣を引っ掴み、その場から引きずり山頂から駆け降りた。

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