12

西暦一六三―年八月十五日(皇紀八三七年華月十五日) 十八時00分

オルコワリャリョ西側山麓 七五〇〇 メートル付近。  


 三つの氷塔セラックを何とか突破し、ようやくオルコワリャリョの頂を視認できる場所にたどり着いたところで日没が迫っていた。

 天幕を貼りだした山岳猟兵たちを捕まえ、懐中電灯で行き先を照らしてでも前進しろを喚きだしたデンツァー少佐に、ついに第一大隊長が切れて胸倉をつかみ、足を掬って雪の中に叩き込んだ。

 興奮したデンツァー少佐は銃嚢から拳銃を取り出し第一大隊長を撃とうとしたが、弾は発射されなかった。

 結露が瞬時に凍結し作動不良を起こしたのだ。

 茫然と立ち尽くすデンツァー少佐から銃を取り上げた第一大隊長はそれをプキュウ渓谷の谷底目掛け投げ捨てる。

 消沈した少佐は黙って自分の天幕に引き込んでしまった。

 谷底に消えてゆく拳銃を眺めていた第一大隊長は、ふと上げた視線の片隅に小さな明かりがともるのを目撃し、自分の双眼鏡で確認すると知らずと頓狂な大声を上げてしまった。


「奴らだ!奴等が切戸キレットの反対側で野営を始めてるぞ!あそこを突破したんだ。なんて奴らだ!」


 その声にシュタウナウ大佐ですら驚き天幕を飛び出して双眼鏡を覗く。たしかに小さな明かりが二つ、切戸キレットの南側で明滅するのが見えた。

 高山病の苦痛も民族防衛隊少佐の不快さも吹っ飛び、彼は自然と笑いだしていた。


「素晴らしい!じつに素晴らしい!なんと愉快な連中なのだ!先任、今から言う内容で発光信号を送ってくれないか」


 大佐の言うままに懐中電灯を明滅させガンヅ特務曹長が発光信号を送る。

 ほどなくして相手からの返信が確認され、大佐がそれを読み取ると、また笑う。


「諸君!聞き給え、我らの賞賛への礼として一足先に山頂を踏んで歓待してくれるそうだ。それにあの『禿鷹挺身隊』と名乗る連中の長はオタケベ少佐では無く、なんとシィーラとかいう可愛い名前と言うでは無いか。おそらく帝国新領虎走州南部のチュトリ族の女性だろう。妙齢の美女である事を期待しよう」


 すぐさま将兵から愉快気な声が上がる。

「オイ誰れか湯を沸かせ!髭を剃らなきゃならねぇ!」「誰も香水なんて持ってねぇよなぁ?このままじゃ臭くて逃げられるぜ」「貴様らみたいなブ男、鬚を剃ろうが香水をぶっ掛けようがシィーラ嬢は見向きもせんぞ!」「俺は妙齢の美女よりも、いい具合に熟れた四十路女が良いな」


 そんな部下の声を聞きながら、シュタウナウ大佐は双眼鏡を下しつぶやいた。


「これは今までにない、最高の冒険だ。オタケベ少佐。存分に楽しみつくそじゃないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る