第三章

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聖暦一六三―年八月九日(皇紀八三七年華月九日) 十時00分

民主国同盟海外共同統治領南部チュルクバンバ地方、プキュウ渓谷


 兵らが『空飛ぶロバ』の愛称で呼ぶユルンゲル二十一型中型輸送機から、五つの落下傘が放たれた。

 ゆらゆらと山独特の複雑な気流に翻弄されながらもそれらは、地上で待ち受ける山岳猟兵たちから数百メートル先の比較的浅い谷底に落下した。

 安全帯に綱を取りつけた猟兵一個分隊がザレた急斜面を降下し、風呂桶程はあろうかという大きな木箱をこじ開け食料や燃料などの補給物資を取り出し、またザレた斜面を落石に注意しながら登って来る。

 シュタウナウ大佐はその一部始終を双眼鏡で確認すると傍らの無線手を呼び「『空飛ぶロバ』の操縦士に礼を言ってくれないか」

 大ぶりの缶を下げて大佐の前に現れたのは先任曹長のグラウス・ガンヅ特務曹長。殴った方が骨折しそうながっしりとした顎にびっしりと金色の鬚を生やした偉丈夫だ。

「旅団長殿の好物の加加阿ココアに砂糖と粉乳です」と差し出された缶を受け取ると、シュタウナウ大佐は嬉しそうに微笑み「ちょうど切れそうになっていたころだ。有難い」

 手が空いたガンヅ特務曹長は、今度は懐から金属の筒を取り出すと「それから、旅団長殿に『委員会』からの親展です」

 受け取ったシュタウナウ大佐は厳重に蠟で封印されたそれを開け、中から書面をとりだすとざっと目を通し、そしてまた笑う。


「私が『委員会』に要請した調査の回答だよ。今回の我々の獲物の素性を照会したのだが、これは中々に面白い人物だよ」

「何者でありますか?」

「名前はオタケベ・ノ・ライドウ。階級は少佐。全球大戦中は第一特別挺身群に所属し『凍割作戦』にも参加した歴戦の強者だ。今は新領総軍特務機関でトガベ機関長直属の工作員をしているらしい。今までに様々な我が同盟に対する工作への関与が疑われている。別名『インチキ隊長』それはまぁ、同でも良い。問題は任官するまでの経歴だ。あのアキル・ノ・カゲイと共にインティワシ冬季登頂に成功している。他にも七千 メートル級の頂を南北の大陸で何座か踏んでいる様だ」


 ガンヅ特務曹長は口角を歪め「こりゃぁ、とてつもない難敵でありますな」


「こんな男と、この山域を知り尽くしたイェルオルコとが組めばオルコワリャリョ初登頂は笑い話じゃなくなる。彼ならやりかねん。いや、条件さえそろえばやってしまうだろう」


 輸送機と交信していた無線手が息咳切ってシュタウナウ大佐とガンヅ特務曹長の元に駆けよって来て「旅団長殿!操縦士よりの報告事項であります」と紙片を差し出した。

『委員会』からの報告書を筒に戻し、ガンヅ特務曹長に託すと無線手からの紙片を手にする。


「まずは進路についてだ。このまま直進すれば落差百 メートルほどの滝にぶつかり前進は不可能、ここから五 キロ先の分岐で南側の谷筋に入れば前進は可能との事だ。あと、副操縦士が双眼鏡でワカパンパ大圏谷を下ってゆく荷駄隊を視認したそうだ。おそらくオタケベ少佐の隊だろう。ひょっとしたらもうオルコキンジャ北西斜面に取り付いている頃かもしれん。急がんと先を越されるかもな。これは愉快なことになって来たぞ」 

「補給物資の配布を急がせ早々に出発させます」とガンヅ特務曹長。

「そうしたまえ」と命じつつシュタウナウ大佐は紙片を握りしめると誰言うと無くつぶやいた。


「オタケベ・ノ・ライドウか。一度会ってみたいものだ」

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