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しばらくは舗装路や石畳の道が続き、車窓を流れる風景も田園や牧草地、果樹園が続いていたけど、出発から二日も経つと風景は山がちになり道の舗装も無くなり、自動貨車トラックが激しく揺れて、何度も車内の天井に頭をぶつけるは車酔いで気分が悪くなるはで一日の終わりにはへとへとになる始末。

 グローヌを発って六日目。同盟海外共同統治領最南部の町、バンバマヨに到着。

 草木もまばらな標高三千 メートルを超える高原にある街で、建物も日干し煉瓦や自然石をくみ上げた簡素なものが目立つ。

 思わず郷里を思い出すけど、街中をウロウロする完全武装のウンハルラント軍の兵士や、青地に黒く描かれた目玉をあしらったウンハルラント優生党の紋章を張り付ける戦車や装甲車が、土煙を濛々と立てて走り回る有様は、ここが最前線の街なのだと教えてくれる。

 街の入り口では案の定同盟軍の検問が待ち構えていて、兵士たちが自動貨車トラックの荷台を調べ始めたけど、薄汚れた白衣を纏い、伊達眼鏡を掛け無精ひげを生やした、たいかにも古強者の医者といった雰囲気の少佐が、中尉の階級章を付けた将校に素早く近寄り小声で「あなたに神の恩寵があらんことを」と囁きつつ、小さく折りたたんだお札を懐にサッとねじ込んだ。

 最初は険しい顔をしていた彼だったけど、途端に表情をやわらげ掌を自分の胸に当て腰を折る真教のお祈りをすると、車内検索を適当に済ませて街中にすんなりと通してくれる。

 その後、何事も無く自動貨車トラックは出発。相変わらず揺れの激しい荷台の上で少佐は愉快気に笑って。


「いやぁ。ここの兵隊もいい塩梅に腐って来てやがるぜ、ま、戦争も十年続くと普通の兵隊なら腐って来るのも無理はねぇけどな」


 確かに、あのウンハルラント軍中尉の軍帽から漏れて出た髪は赤毛だったし瞳も緑色だった。故郷を遠く離れてこんな空気の薄い場所に何年いるのだろう?

 街中に入り、慈善団体の病院に到着する。

 元は真教の修道院で、革命で修道士たちは追い出されしばらくはウンハルラント政府管轄の病院として使われてけど、こんな僻地まで赴任してくる医者が誰もおらず、結局、真教系慈善団体に仕方なく病院運営を任せざる負えなくなった。との事。

 で、その慈善団体、実は神聖王国教皇直属の諜報謀略機関『教皇庁情報局第13課』通称『ヴァスカービル機関』の隠れ蓑の一つ。

 現在ヴァスカービル機関と総軍特務機関は協力関係にあり、今回の作戦でもここを利用させてもらう事が出来た訳だ。

 連合も我が帝国同様、同盟と戦う勢力。敵の敵は味方の理屈だ。

 ここで撮影機材は『放射線撮影機』と書かれた木箱から、花や鳥、月や星の色鮮やかな彫刻が施された綺麗な木箱に移しかえられる。

 大きさや形、病院という場所にあると言う事から大体元々は何を入れる箱かは想像できたけど、念のためにヴァスカービル機関員の男前なお坊さんに聞いてみる。

 答えは「アア、コレ、子供ノ亡骸ヲ治メル棺デスヨ」

 やっぱりね。横から少佐が「大丈夫、使用済じゃねぇよ新品、新品」

 そ、そんなの当然でしょ!

 真夜中、病院を毛の長い牛の様な獣に乗った頭巾付き円套マント姿の三人組が訪れた。

 それぞれの獣には荷車が引かれていて、三人は黙々と鮮やかな棺桶を積み込み縄で厳重に縛り付ける。

 私たち『禿鷹挺身隊』の三人も身支度を整え、彼らが連れて来た同じ獣にまたがり病院を後にした。

 寝静まるバンバマヨを荷車を軋ませながら通過し郊外にある丘を目指す。

 それにしても、この人たち、よく星明りだけのほぼ暗闇を案内も明かりも無く荷車を引いた獣を連れて動けるものね。

 私も目が慣れて彼らをよくよく観察してみると、円套マントの裾から白っぽい毛に黒い斑点をちりばめた長い尻尾が覗いている。この辺りで暮らしている原住民だろうか?

 丘の頂上手前まで来ると先頭の人が獣の歩みを止めさせ手信号で『待て』の合図を送って来た。

 私の真横にいた円套マント姿の人がけっこう流暢なまほらま語の小声で「同盟の奴らの巡回だここでやり過ごす」声の高さからして子供?

 しばらくすると発動機の音と車輪が砂利を踏む音が聞こえ、丘の頂上を車両灯と思しき明かりが走った。ウンハルラント軍の巡回車だろう。

 丘の頂まで車が来ると、荷台に据え付けられた探照灯で辺りを照らし不審者がいないか検索しはじめる。

 けど、私たちは適当な窪地に収まり光線に当たることはまずない。それに降りて周りを調べようともしない。何ともいい加減な巡回だと呆れるがお陰で無事に通れそうだ。

 私の傍らの彼がつぶやく。


「灰色の軍服の奴等は大抵だらしなくてやる気が無い。けど黒服と白緑のまだら服の奴等は違う、気を付けろ」


 そう言って私を見つめる目に思わず息を呑む。

 大きく開いた黒い瞳孔の周りには、まるで氷河に様な真っ青な虹彩。全くネコ科の動物のそれだ。

 巡回車が丘の頂上を離れると再び前進を再開、丘を越え街の明かりが見えなくなる。

 そのまま深々と冷え込む荒野を獣の背中に揺られていると、背後から光と温みを感じ振り向く。

 私たちが通過した丘の上に朝日が昇って来た。

 再び前を見ると、私たちが乗っている獣より少し小柄な、首の長い騎獣にまたがる十人ほどの人影。

 お互いの顔形が解る距離まで近づくと、相手方が円套マントの頭巾を一斉に脱いだ。

 現れたのは黒い斑点のある銀色に輝く体毛に覆われた丸みのある顔。同色の毛を生やしピンと尖った耳、太陽の光を受け、縦に細く引き絞られた瞳孔を持つ氷蒼色の目。肩には歩兵銃を担い、暖かそうな胴衣の上から革製の弾帯をたすき掛けにし、丘から吹き付ける風に円套マントの裾をはためかせている。

 気が付けば私たちを迎えに来た三人組も頭巾を脱ぎ、目の前の人々と同じ容貌を晒していた。

 当然、あの少年もキラキラ輝く銀色の体毛を風にそよがせている。

 手綱を操り私の傍に近づいていた少佐が言った。


「彼らがイェルオルコ族の戦士『インティキル(太陽の牙)』だ」


 ついに私はチュルクバンバ地方に脚を踏み入れたのだ。

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