第四章

1

 皇紀八三六年刈月(十月)二十九日 一二〇〇

 アキツ諸侯連合帝国新領 臨南州 インティワシ連峰山麓

 新領総軍特務機関秘密訓練施設


 飯盒、水筒、携帯口糧、固形燃料、防寒外套、携帯天幕等々、野戦装備一式背負い行軍するなんて何時ぶりだろう?たしか最後に行軍の訓練をしたのが一年半前。だったかな?

 それも過ごしやすい拓洋の春での話で、こんなカンジキが無ければ脚が膝まで雪に沈む込む根雪が残る山奥での行軍なんて戦時中も記憶が無い。

 それに、肩から下げた十五式半自動歩兵銃。クマが出るからと持たされたけど、はっきり言って重いし、長いから銃床が地面に付きそうです。

 幸いなのは天気が良いことだけで、あとは上衣の襟元や裾から入り込む風の冷たさと、それで冷やされる汗に濡れた襦袢や股引の冷たさでさっきから悪寒が止まらない。

 でも外套を着ると今度は暑くて汗を掻きまた下着が濡れる。

 だらだら長い坂と重たい荷物、それから寒いのか暑いのか解らない天候に苛め抜かれつつ出発から六時間。

 やっと樹々の間から小さな丸太小屋が見えて来た。あれが訓練施設?渡された地図を感度も確認するが間違いない。

 ニ十坪ほどの建坪で平屋建て、ブリキの煙突からはモクモクと煙が上がり、軒先には滑雪スキーが何組か立てかけてある。まるで猟師小屋みたい。

 小屋の前まで来ると、裏側から調子の良い破裂音が聞こえる。そっと回り込むと男の子が、先が鉤の様に曲がった奇妙な形の鉈で薪を割っていた。

 毛皮の胴衣に黒い毛織の襦袢と股引、ひざから下は毛皮で出来た脚絆を付けている。

 くしゃくしゃ頭に黒い二本の短い角を生やし、お尻には先に黒い毛の房が付いた尻尾。浅黒い肌の横顔は端正と言うより綺麗と言った方が早い整い具居合。

 ふと、そこにピニタの横顔が重なる。

 元気な頃はこんな風に器用に薪割をしてたっけ、でも、ピニタはこんな男の子みたいに真っ黒くなかった。肌も角も白くて・・・・・・。

 薪割の音が途絶えたので我に返ると、少年がこちらを見る、いや、睨んでいた。

 少し吊り上がった、真っ黒い綺麗な瞳を持つ目は、けどヒリヒリする様な警戒心で緊張し、すこしづつ視線を動かしながら私自分との距離を測っているように見えた。

 思い出した、数回しか受けてない徒手格闘技訓練の時、教官として来ていた特別挺身隊員がこんな目をしていた。

 反射的に銃の負革に手が行く。


なれは誰だ?」


 声を聴いて初めて気が付いた。この子は女の子だ。そう言えば顔つきも体の線も少し柔らかい、けど鉈を振るう時の腕や太腿の力強い動きは、袖や裾の上からでも見て取れる。

 声音も見た目も手ごわそうな感じがしてしょうがないけど、ここは舐められてたまるかと背一杯の威厳を込め。


「新領総軍特務機関のシィーラ・ルジャ・シャルマ大尉よ、ここにオタケベ少佐が居られると思うのだけど、取り次いでもらえる?」 


 と、胸をはりお姉さま声で女の子に言うと、彼女は途端に緊張を解き。


「ああ、なれが少将さんが言ってた写真屋さんか、ちょっと待て、ライドウを呼んでくる」


 そしてあのへんな鉈を背中の鞘に戻し、小屋へ走ると扉を叩いて大声で「ライドウ!写真屋さんが来たぞ!」

 少佐を呼び捨てってこの子軍人じゃ無いの?軍服も着てないし言葉遣いも少し普通の子とは違うし。軍属?雇員?

 小屋の扉が開き、中から男の人が一人現れた。

 軍支給の毛編の防寒襦袢セーターに毛織の下袴ズボンを身に着けたその人は、およそまほらま人には見えない面相。ちじれた黒髪に二重瞼の大きな目、しっかりとした輪郭の顔は無精ひげに覆われている。

 その人は私を見るなりニッと笑い。


「君がシィーラちゃん?映像機器の技術者って言うからどんなのが来るかと思ったら、可愛い角眼鏡っ子じゃねぇか」


 戸口からでると私の前に立つ、百八十 センチは有るかな?大きな人だ。

 

「新領総軍特務機関のシィーラ・ルジャ・シャルマ大尉であります。トガベ特務機関長閣下の命により本日より冬季及び山岳戦訓練に参加いたします、また。少佐殿に撮影機材一式の操作法をお教えいたしますので、よろしくお願いいたします」


 と、私が敬礼すると少佐も居住まいを正し少し砕けた感じの返礼をして見せて。


「自分がオタケベ・ノ・ライドウ少佐だ、委細は少将閣下から聞いている。ここでお前さんにミッチリ山の基本を叩き込む。その代り、俺に機械の使い方を教えてくれ、俺も遠慮なく扱き倒すから、お前さんも階級なんて関係なしに俺を指導してくれ、何分中年何で物覚えが悪ぃかもしれんがよろしく頼む」

 

 そいう言って大きな手を私に差し伸べて来た。握手しようというのかな?

 慌てて毛織の手袋を脱いでその手を取る。硬くごつごつした掌で力強く握り返されると、ふと故郷の父を思い出す。父さんの手もこんな風に硬かったな。


「挨拶はこの辺にして、とりあえず昼時だ。飯にしようぜ、さぁ、中に入りな」


 背嚢をポンと叩き少佐は私に小屋に入る様に促した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る