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 皇紀八三六年刈月(十月)十七日。

 試験撮影隊は研究施設の程近くにあるインティワシ山の前衛峰の頂に立っていた。

 標高は三千と少し、夏は森林限界を超えた一木一草もない岩ばかりの世界だが、この時期に成れば真っ白い雪に覆われる。

 インティワシ山から吹き下ろされる突風を受け発電機が勢いよく回り必要にして十分な電気を産み出す。

 私やカク教授、オウオミ先生らの無線による指示に従い、撮影隊員が撮影機、送信機を操作し撮影を開始した。

 試験され問題点が見つかり構造が変わる度に操作法も変わって行き、作った人間でしか正確な操作ができず、隊員に一々無線で指示しなければならない状態だったが、ここで完成させら操作法の習熟はおいおいとやればいい。

 今日は拓洋から最後の仕上がりを確認するため、トガベ少将閣下がほんの少しの随員だけを連れてここに来られていた。

 電視機モニターが置かれた食堂には、閣下その随員、私や両先生方の他にソウゴ中尉や警備兵、職人達などこの件に係わったほとんどすべて人が集まり、四百 ミリメートル四方のガラス製の電視機モニターを見つめている。

 

『ミミズク〇一ミミズク〇一、こちらミミズク〇二、送れ』との声が拡声器から流れる。ミミズク〇一は研究施設の通称名、〇二は撮影隊の通称名だ。わたしもこれを受け微音機マイクを取る『ミミズク〇二ミミズク〇二、こちらミミズク〇一、送れ』

 ミミズク〇二の背後では、強烈な突風が吹き荒れているようだ。風の音がうるさい程だ。


『ミミズク〇一、こちらミミズク〇二。三二〇一高地の山頂、ただいま天気晴朗なれど風強し、これより所定の作業を実施いたします』

『ミミズク〇ニ、こちらミミズク〇一。了解した。いまより作業手順を平素通り符号にて支持する。作業を実施せよ』


 無線はつないだままにされ、私が万が一の傍受に備え暗号を用い逐次作業手順を指示する。

 その場の全員の視線が私に集中する。特に少将閣下が私に注ぐ眼差しが重たい。

 砂色の外套を召された閣下は、深々と椅子に座られ、黒い長靴を履いた脚を組み、軍刀の柄頭に両の手を置いて私を注視しておいでだ。


『ミミズク〇一、こちらミミズク〇二。準備完了。これより送ります』


 皆が電視機モニターを凝視する。カク教授が電源を入れると黒い硝子の板に一瞬光の横筋が走り、それが徐々に幅を広げてゆく。

 羽虫が飛ぶような音を各々の機器があげ、熱せられた樹脂が微かな臭いを放つ。

 画面に現れた光の帯にやがて濃淡が現れ、徐々にそれは形を現し始める。

 限りなく黒に近い灰色を背景に、白い巨大な三角形が浮かび上がり、やがて照準が定まってゆくと幾本もの尾根筋が白黒の濃淡で描き出されてくる。

 連峰の主峰、インティワシ山、その姿だった。

 期せずして歓声が上がり、万歳や皇弥栄も聞こえる。カク教授は拳を突き上げ、オウオミ先生はまた私に抱き着いてくる。少将閣下は満足げに口角を上げた。


『ミミズク〇ニ、こちらミミズク〇一。機材〇一を百八十度回頭させよ』


 私の指示を受け、撮影機が西に向かって振られる。途中、他の撮影隊員を映しながら画像はやがて三二〇一高地の裾野に広がる広大な大樹海を映し出した。


「素晴らしい・・・・・。樹々の一本一本まで鮮明に写せている」と、声を漏らされた後、トガベ少将閣下は立ち上がられ、全員を見渡し宣言された。


「本官は本試験を持って開発の成功を確信した。諸君!ご苦労、よくぞ成し遂げた!」

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