第二章

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皇紀八三五年華月(八月)十二日 〇四〇〇時

 アキツ諸侯連合帝国新領 拓洋特別州 拓洋市 臨海区 第六師団本部内 若年女性士官用寄宿舎


 外ではようやく東の空が明るくなり出すころ。

 決まってこの時間には目が覚める。

 遅刻なんてしてたまるか、今日も一番乗りはこの私、シィーラ・ルジャ・シャルマだ。

 眼鏡と肩までの黒髪、先が二股に成った左右の角が特徴の二十四歳、アキツ諸侯連合帝国陸軍新領総軍情報局画像部技術課技術員。階級は少尉。

 角生えの原住民でおまけに女の子っでその上家が貧乏っていうものすごい三重苦が有ったけど、勉強がしたくてしたくてたまらなくて。戦争が始まって毎日の様に死んでゆく兵士を手っ取り早く補充する制度『愛郷者募兵制度』の士官候補生枠に応募したらなんと合格!家族どころか部族の期待を一身に背負って入営したのは良かったけど・・・・・・。

 やっぱり軍隊は差別と偏見が横行する男社会で縦社会で閉鎖社会。

 兵からは『オナゴ少尉』と舐められ、下士官連中からは『角付』とバカにされ、上官達からは『愛郷ちゃん』と軽んじられる。

 でも負けてたまるか!私には平均標高四千 メートルの郷里で培った体力と、幼年学校と高等技術学校で叩き込まれた映像技術が有るのだ!温室育ちのもやしっ子将校や、脳味噌筋肉な下士官や兵隊共に負けるもんですか。

 寝台ベッドから跳ね起き、洗面所に走って歯を磨き顔を洗い、便所に駆け込み出す物を出す。

他の若年士官はまだ誰も起きて無いな、ヨッシャ!今日も司令部入りは私が一番だ。

 自室に戻り今度は相部屋の同期を起こさぬようすみやかにしかして静かに身支度。

 防暑 襦袢シャツ短袴ズボン、略刀帯を素早く身に着け、長靴に脚を突っ込み、軍刀を履いて有角人用軍帽をキリッと被り鏡の前に立つ。あ、忘れちゃならない眼鏡眼鏡!べっ甲模様(当然樹脂製)の眼鏡を掛けて、と。

 ウン!完璧、今日も凛々しい帝国陸軍女性士官の出来上がり。

 臨海区の第六師団司令部に隣接する女性士官用寄宿舎から飛び出し、途中の屋台で炒り卵と豚の腸詰入りお惣菜 麵麭パンと瓶入り牛乳を買って、始発の乗合自動車バスに飛び乗る。

 前にバスの中で食べてたら偶然乗り合わせた憲兵に見つかりコッテリ絞られた。以降は我慢して司令部に入ってからコッソリ食べるようにしてる。

 ホント、憲兵って大っ嫌い!みんな死ねばいいのに。

 半時間ほどで総司令部前に到着、衛兵の敬礼を受けつつ一瞬、建物を見上げる。

 外壁総大理石張りの七階建て、無駄な装飾の一切ないそれは、今まさに登らんとする南国の陽に照らされ赤く燃えるように輝いている。

 任官して間のない頃はこの威容に毎度毎度圧倒されたけど、今でも前に立つ度に緊張で角と角とが引っ付く思いだ。

 吹き抜け天上から降り注ぐ蓮の花の形の光を浴びつつ、床に描かれた南方大陸の巨大な地図を踏みしめて奥へ奥へと進んで本館を通り抜け、別館へ向かう。そこに私の仕事場、新領総軍情報局がある。 

 新領各地に展開する我が軍の部隊から集まる情報を整理し分析し纏め上げ必要とあれば現地に赴き収集し参謀本部に報告し分類し保管する。

 参謀本部が軍の脳とするならば、我が局は目や耳から入った情報を整理する一器官だ。

 別館玄関横の衛兵詰め所に立ち寄り人定と受付を済ませると部屋の鍵を渡された。どうやら宿直の下士官たちもまだ作業を始めていないようだ。

 情報部映像課の部屋に着けば、届けられたばかりの感光膜フィルムがまだ缶に入ったままで置かれている。

 たぶん昨日の夜に届いたものだろう。

 ちょっと!急ぎの案件だったらどうするの?踵を返し部屋に鍵を掛けまだ下士官共が惰眠をむさぼってるかだべりながら朝ご飯を食べているであろう宿直棟に急ぐ。

 小言の五六七つは言ってやろう。ここ最近の私は機嫌が悪いのだ。

 その原因は忘れもしない十日前。突然新領総軍参謀本部から発せられた命令。


『階級ヲ問ハズ、各々ノ兵科ニ置イテ革新的且ツ斬新ナル技術、戦術等ヲ広ク募ル』


 を受けて、前々から温めてきた発想を寝る間も惜しんで便箋十枚にまとめて上申書として課長に提出したら、その翌日課長室に呼び出され。


「一応、参謀本部からのお達しだから員数あわせとして向うに送ったが、貴様の様な角付小娘の夢物語がまともに取り合われると思うなよ。勘違いされると困るんで一応忠告して置く、サッサと酢酸臭い現像室に戻って、今日の作業の割り当て分をこなせ、用件は以上、下がってヨシ!」


 嫌みを言うためにわざわざ部屋にまで読んだの?このハゲ!四十九歳でまだ大尉のクセに偉そうにしやがって!

 あの時の怒りがまだ空っぽのお腹の中から湧いてきて、自然と足が速くなる。

 衛兵詰め所にまた寄って、鍵を反して振り返るとそこに軍服を纏った胸がって思い切りぶつかってしまった。

 痛い!誰よマッタク!

 見上げると見覚えのあるハゲ頭。そう、私の上官、あの万年大尉だ。

 一歩身を引き素早く敬礼、ハゲ、失礼、大尉はわざとらしく軍服の胸を手で払い。


「相変わらず落ち着きが無いなシャルマ少尉、危うく貴様の角が刺さる所だったぞ」


 あのですね、私の角は両方の耳の上に斜め上に向かって生えてるんです。正面からぶつかったら刺さるはずないじゃ無いですか。


「そんな事はどうでも良い、寄宿舎に電話をしたらもう出たというのでここかと思い探しに来たのだ。理由は知らんが貴様に緊急の出頭命令が出ている。〇七三〇時までに本館七階の特務機関長室に出頭しろ」


 ・・・・・・。特務機関?なんで?

 言われたこと理解するのに時間が掛かり、茫然とする私をしり目に大尉は大股でその場を去っていく「ったく!角付の愛郷ちゃんが何をしてくれた事やら」とブツブツつぶやくのも聞こえる。

 そんなの、私が知りたいわ。

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