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皇紀八三三年植月、聖歴一六二七年五月。七年五か月にも渡り戦われた『全球大戦』は、累々たる死者と深刻な荒廃を残し、決定的な勝者も確定されるまま休戦を迎えた。
帝国と同盟が激しく争った境界線の内、河川や山脈で明確に成っている個所については早々に話し合いが付き確定されたが、ただ一か所決着がつかない個所が残された。
帝国新領東部と同盟海外共同統治領南端部が接する南北五十
最初、この氷河の中心線を境界とする案が持ち上がったが、この地域の正確な測量が今日に至るまで為されておらず、まずは詳細な地図作りからとなったのだが・・・・・・。
「既に我が帝国領内にあるインティワシ連峰の二座では、とうの昔に測量を済ませ三角点(地図を作成するにあたり正確な測量を実施するための三角測量に必要な基準点)の埋設も完了している。にもかかわらず、なぜ貴同盟側では一向に測量が進まぬのか?怠慢では無いのか!?」
いらだちをあえて隠そうとしない帝国側随員の主張に同盟側は。
「我が同盟領内にあるワリャリョ連峰はいずれの峰も峻嶮であり気候も不安定、別けてもその主峰たるオルコワリャリョ山は原住民からも『登ろうとすれば必ず死ぬ山』と恐れられる死の山だ。そんなところに測量用の櫓など立てられるはずもない。無論、航空機や飛行船を使った測量など、あの上空を吹き荒れる豪風を考えれば実現など皆無だ」
「それは前回も聞いた。議事録にもしっかり残ってる。で、その議事録の最後には貴同盟の発言としてこうありますぞ『登攀、および測量の技術は日進月歩で有りますから、近々死の山も征服され測量も実施されるでありましょう。今しばらく猶予を頂きたい』と、何時まで猶予を御所望か?」
『アレ、その様な事を言ったかな?』という風なとぼけ顔で帝国側の主張を聞き、それに対して同盟は。
「前回の会議よりまだ一年しか経過してしておらんでは無いですか!貴国側のご主張は正に言いがかりだ」
続いて、黒いウンハルラント民族親衛隊の軍服に身を包んだ同盟の随意が、同じく軍服姿のトガベ少将を睨みつけつつ。
「登頂を阻害している要因は自然環境だけではありませんぞ、同地には文字通り野獣の様な蛮族が跳梁跋扈し我らが進入をかたくなに拒んでる。聞けばその蛮族共に武器をくれてやり、あまつさえ軍事訓練まで施しているのは貴国だという情報もありますが?」
トガベ少将はその軍人を見つめ返し、艶然と笑って見せた。出鼻をくじかれた彼は色気場みながらも黙り込む。
フルベ局長は、葉巻の煙をブワリと吐き出すと。
「またしても堂々巡りの議論の末に何ら結論も出されずに時間切れですか?余りにも不毛が過ぎますな同盟の方々。明確な境界が無いままという事は火種を一つ抱え続けるという事にほかなりません、球はそちらに有るのですよ」
応じるようにいがらっぽい紙巻煙草煙を噴出しワリシロフ。
「球は有っても投げようが無いという事です。フルベ局長、我々としても、あの氷原がどこに帰属するかいつまで経っても定まらない『彷徨える大氷原』では大問題であるとは認識している。しかし、人間は自然に抗えないという事ですよ」
苛立たし気に灰皿に葉巻を押し付けるフルベ局長、ワリシロフは実に美味そうに紙巻煙草を吸った。火点が真っ赤に光る。
突如として、トガベ少将が口を開いた。
「では、もしどこかの誰かが、その死の山の頂に立てばどうされますか?」
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