序章
1
いくつもある病床の奥の一つに人が群がっていて、その中にはお父さんもお母さんも一番上のグルン兄さんも居て、看護師さんを従えた白衣姿のお医者さんが、布団を捲り、寝巻を開け、小さな胸のふくらみの間に聴診器を置いている。みんな、一様に大きな
私が病床にたどり着くと、グルン兄さんが「良く帰ってこれたな」と驚いたように言い。お母さんは泣いて何も言えず、お父さんは険しい顔で病床の、なぜか足元を睨んでいる。
病床の上には、私が入営前に使っていた薄桃色の寝巻を来着た妹が横たわっている。
ピニタ、私の可愛い、大切な妹。
入営した時は頬もふっくっらとしていて、髪も艶やかで、何よりも何時もどんな時も笑顔だったのに、今はすっかりやせ細り、一呼吸一呼吸苦しそうに胸を上下させ、喉の奥から嫌な音をさせている。
「・・・・・・お、姉ちゃん」
私が来たのに気づいて、掠れた声で私を呼ぶ。
布団の下の手を取って応える。その掌は酷く熱い。
「ピニタ、お姉ちゃん、帰って来たよ」
ピニタはその赤くなった顔を嬉しそうに綻ばせ、私の頭の上に生えている先で二つに分かれた角を触ろうと震える手を伸ばして来る。
そうだ、ピニタは私の、皆と違うこの少し変わった角を触るのが小さな時から大好きで、私もこの子の、その心根の様に白くてきれいな角を撫でるのが好きだった。
私は病床に駆け寄り、軍帽を脱ぎ、しゃがんで角を撫でさせてあげる。
お医者さんは「感染するから離れなさい」というけど、構わない。そんなの知らない!
私もピニタの角を撫でる。もうそれしかできない。
滋養が要るだろうからと、上官や同期のみんなに分けてもらったお肉や果物の缶詰めは、今はもう、たぶん間に合わない。
「ねぇ、ピニタ、何かしてほしい事ある?お姉ちゃんに言ってみて」
そう私が言うと首を横に向け窓を見つめて。
「あの雪を、取って来て、お姉ちゃん」
窓の外には深々と雪が降っていて、丁度そこから見える植え込みの上には白くて綺麗な雪が積もっていた。
そう、ピニタは雪も大好きだった。
里はあんなに雪深くて、雪掻きとか、山羊や羊の世話も大変になるのに、ピニタは真っ白く陽にキラキラ輝く雪が好きだった。
「うん、解った。取って来るね、待っててね」
私はそう答えると、対戦車砲の砲弾の様に病室を飛び出し、廊下を来た時以上の勢いで駆けに駆けて中庭に躍り出ると、生け垣の上の雪の、一等綺麗なところを手で集め、軍帽に詰め込む。
ふと、空を見上げると、蒼鉛色の空から、止むことなく雪はこぼれるように降り続け、私が雪をとったあとを静かに確実に埋めてゆく。
また走って病室に戻ると、陰鬱な顔で肺の音を聞いていたお医者さんが、だまって首を横に振っていた。
お母さんは声を上げて泣き出し、お父さんはお母さんが崩れない様に支え、グルン兄さんは病床の縁を両手で強く強く握りしめる。
ピニタは、逝ってしまったのだ。この雪に触れずに、旅だったのだ。
ピニタ、ピニタ、私の可愛い、可愛い、大切な妹。
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