第5話 暗雲の気配
「申し訳ございません。柊に悪気はなかったんです。ただ暴走してしまっただけで、本当にすみません」
俺は帰っていく大人たちに、ひとりひとり頭を下げた。
どちらが正しいことを言っていたかと問われれば柊に軍配が上がるが、今は場を収めるほうが先決だ。
最後に長老がこちらをちらりと見て、わずかにうなづいて廊下へと消えていった。
俺はその足音が消えるまで、ただただ頭を深々と下げつづけた。
片付けを終え、襖を閉めてようやく大部屋の外に出ると、そこには黙って立っている柊の姿があった。
俺はちょっと笑って、
「お前ついにやったな」
別にこの言葉は責めているのではなく、いたずらが成功したような響きをはらんでいた。
一方、柊は怒鳴られると想像していたようで、拍子抜けしたように顔を上げると、
「……いいのかよ。お前は巻き込まれた側だぞ」
「気にすんなよ。まー、俺だって馬鹿馬鹿しいとは前から思ってたしね。母さんが殺された時から」
俺の自虐的な返事に柊は顔をしかめた。
「……お前」
でも俺はその続きを片手で制して、
「だからさ、正直柊が羨ましいよ。あんなに気持ちをまっすぐぶつけられて。体裁とか後先のこととか考えないもんね」
「それ、無鉄砲ってことか。褒めてなくね」
「いや、いい意味で。俺はどんな場面でも遠慮しちゃって、剣道の稽古でもいつも勝てなかったし」
「本当はお前めちゃくちゃ強いのにな」
素直に同意する柊に俺は苦笑して、
「ま、とりあえず俺は怒ってないってこと。それより腹減った。すぐに晩飯作らないと倒れるかもしれない」
「俺も。すげー腹減った」
「あはは、柊は特に大変だったからね」
そう笑い合って、二人でまた冷たい木の板の廊下を歩き出した。
窓の外には夕方なのに暗い雲が立ち込め、水滴がぽつぽつと窓ガラスにつき始める。
それはどんどん勢いを増し、視界を遮られるほどの激しい雨へと成長していった。
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