残り香を着込む

口一 二三四

残り香を着込む

 最初に『おさがりちゃん』と呼び出したのは確か、おばちゃんだったと思う。

 母方の田舎に帰ると顔を合わせるおばちゃんは、私と二つ年上のお姉ちゃんを見比べて「またお姉ちゃんのおさがり着てるのね」といつも言っていた。

 親戚一同から『おさがりちゃん』と呼ばれるようになったキッカケもそれであり、いつの間にか。

 服をあげていた当の本人、お姉ちゃんも面白がってそう呼ぶようになっていた。

 小学校、中学校、高校を経た今にして思い返せばあれは意地悪なおばちゃんが母へ向けて言った嫌味だったのかも知れない。

 子供に新しい服も買ってやれないのか、上の子ばかり気にかけて下の子はほったらかしなのか、と言う類の。

 真実か想像かはともかく、だとしたら大きなお世話だ。

 あの頃からずっと、ずっと。私は好き好んでお姉ちゃんのおさがりを着ている。

 お姉ちゃんは活発でよく喋る人だ。

 近所からの評判も良い上に持ち前の明るさで友達も多い。

 これで容姿も整っているのだから男女問わず人気があるのは必然とも言える。

 対して私は内気で物静か。

 近所の評判もそこそこで友達もいるにはいるがそれほど多くはない。

 容姿はいいと言われる方だけど、お姉ちゃんと並べば劣って見える。

 着ている服がおさがりなのも相まって『妹は姉の劣化版』と陰ではよく言われていた。

 こっちは普通に過ごしてるだけなのに酷い話だ。

 けれどそれが腑に落ちていて、怒りが湧き上がる、なんてこと一度だって無かった。

 劣等感を抱いて自暴自棄になる、と言ったことも思い当たる節が無い。

 なぜなら他の誰よりも、私自身がお姉ちゃんの劣化版であることを理解しているから。

 昔から私よりも社交的で私よりも好かれていたお姉ちゃん。

 頭は良くないけどその分優しくて私を守ってくれるお姉ちゃん。

 憧れの人物であるお姉ちゃんに勝てるところなんて頭の良さぐらい。

 それですらおこがましいと思えるぐらいに、私の中でお姉ちゃんは大きな存在で、劣化版と呼ばれていることですら。

 大好きなお姉ちゃんの偉大さをみんなが評価してくれているみたいでたまらなく嬉しくなってしまうのだ。

 劣った妹がいることで姉は秀でていると周りが称える。称えてくれる。

 お姉ちゃんの服を着れば誰もが「あの子の方が似合っている」と言ってくれる。

 私がおさがりを着るのはそんな理由。

 お姉ちゃんが着た服はお姉ちゃんが着るからこそ素敵に見えるのだと再確認させるためのお披露目会。

 ……それに。


「ねぇ、おさがりばっかじゃなくて新しい服見繕ってあげようか?」


 他の服には無いから。


「いーの。私はおさがりで」


 お姉ちゃんの匂いが。


「そう? まぁ、喜んでくれてるならいいんだけど」


 お姉ちゃんの感触が。


「ふふっ、お姉ちゃんの服……」


 まるで抱擁されているみたいな、全身を包み込む、安心感が。


「ほんと、いつまでもおさがりちゃんなんだから」


 いいの、いいの。私はずっとおさがりちゃんで。

 だってそれが。

 優れた姉を持つ、劣った妹の特権なんだから。

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