第4話 48番目の県

 静まり返る日本武道館。

 おとぎ話のような光景に目を疑う観客達。

 黒衣の集団。

 そのリーダー格である銀髪の大男は、武道館全体に響き渡る大音声を上げる。


「聞けっ!! 我らはリヴォルツィオーネ、この世界シャバに反旗を翻す集団かくめいかなりっ!! 柔道を取り巻く歪んだ世界シャバを正すため、今日は宣戦布告カチコミに参ったっ!!」


「ふぉっふぉっふぉっ……宣戦布告カチコミとな? 神聖な武道館を爆撃しおって……どの口が言っとるのか……!!」


審判寺しんぱんじ一族の人間か……かつて八百長問題を引き起こした一族の分際で、偉そうな口を利くではないか」


「……ほ~うそこを突いてくるか」


「手始めにだ……上を見ろっ!!」


 銀髪の大男は右手を天へと突き上げる。

 そこには武道館の天井から侵入してきた無数のドローンが、液晶テレビのような形に編隊を組んでおり、鮮明な映像が流れ始める。

 どうやらそれは臨時ニュースのようであり、柔道に関わる行政機関、柔道省の明星博文あかぼしひろふみ柔道大臣が、口を開こうとしているのだった。


『えー……今日未明に正式に決まった事なのですが、三重県から南に300㎞程離れた地点。ここに誕生した人口の島を柔県やわらけんと命名し、48として今後は調整していこうと考えております』


 口を開いたままその映像を眺め続ける観客達。

 審議を確かめるため、スマホでネットニュースを確認すると、今映像で流れた内容の記事が何個も流れている。

 CGか何かだと思われていた映像は、正真正銘本物のマスメディアが流している映像だと判断する多くの観衆。

 風の音すら聞こえない程の静寂な空間は、工事現場よりも大きなざわめきの声で満たされていく。


「ふっ……やっと理解わかったか……聞け民衆よっ!! 我らは来年のインターハイで、全ての選手の頂点てっぺんに立つ……その時が革命の始まりだ。腐りきったシステムを全て破壊し、新たな柔道時代の幕開けとさせてもらう!!」


「……長々と喋ってるから黙って聞いておけばぁー…………? そりゃ~俺に勝つって意味で言ってんのかぁ~~? あ"ぁ"!?」


 長々とした演説に痺れを切らした黒髪の人物。

 青桐と同じように将来を期待されている4人の若者の内の1人、『黒龍』黒城龍寺こくじょうりゅうじが、稲妻を轟かせながら黒衣の集団の前に姿を現す。

 いや、それだけではない。

 同じように歩を進める3人の若者。

 『白龍』白桜龍聖はくらりゅうせい

 『赤龍』赤神龍馬あかがみりょうま

 『青龍』青桐龍夜あおぎりりゅうや

 鉄砲玉のように飛んで行った黒城に続いて、残りの3人が、謎の集団の前に立ちふさがる。


「ふっ……弱い奴はよく吠えるな……将来有望な人間しりゅうか……ちやほやされて随分と傲り高ぶっているようだな? ……小学生ガキの方がまだ謙虚だぞ」


「んだとっ!?」


「黒城、一旦俺に話をさせろ」


「あ"ぁ"!? ……ちっ、分かったよ赤神」


「アレコレ言うのは勝手だが、俺にも誇りプライドがあるのでな。ここは柔道で決着をつけようじゃないか」


「……ほう、我々相手に柔道か」


「自分の力に自信があるようだが……その自信ごと俺達がへし折ってやるよ……!!」


「……面白い。烏川うかわ!! 天蠍てんけつ!! 刃狼じんろう!! 柔道デモンストレーションだ、派手に試合かますぞ!!」


ー-----------------------------------


 高校最強の男、赤神龍馬の提案で急遽始まることになった模擬試合。

 その試合の審判を務める審判寺一郎しんぱんじいちろうは、大会責任者と陰で打ち合わせをしている。


「審判寺さんっ!! 本当にやるんですか!?」


「そうじゃ……正直、このまま中断することも可能じゃが……あの集団の実力を拝見したいからの……!! それで、警察ポリには連絡が繋がらんのか?」


「ええ……さっきから連絡しているんですが……そもそも電波が繋がらないようです」


妨害ジャミングか? ……全く、今日はとんだ厄日よの」


 大方の打ち合わせが終わると、審判寺は白いテープを目の前に挟んで、両者を試合会場へと招き入れる。

 1試合目は青桐龍夜と烏川と名乗る男。

 両者殺意に満ちた目で、お互いを睨んでいる。

 

「両者前へっ!! ……神前に礼っ!!」


「お願いしゃっすっ!!」


「お互いに礼っ!!」


「お願いしゃっすっ!!」


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 高校生ランク3位「青桐龍夜あおぎりりゅうや

      VS

 高校生ランク?位「烏川炎樹うかわえんじゅ

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「……開始はじめっっっっ!!」


 試合開始を告げる老審判。

 審判暦数十年の大ベテランである彼は、目前で繰り広げられる試合運びに、久方ぶりに驚愕してしまう。 

 先ほどまで競い合っていた学生達の技が、ナマクラに思えてしまうほどの磨き抜かれた投げ技。

 軸が一切ぶれない回転から、澱みなく繰り出される背負い投げにより、青桐の体は宙を舞う。

 試合時間僅か―――2秒。


「……っ!! い、一本っ!!」


「な……!?」


「へっへっへ~……簡単ちょれ完全勝利あっしょうだぜっ!!」


「つ、次は僕だよっ!!」


「あら可愛い~♡ じゃあ次はアタシね、よろしく~~♡」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 中学生ランク1位「白桜龍聖はくらりゅうせい

      VS

 高校生ランク?位「天蠍氷聖てんけつひさと

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


開始はじめ!!」


 2試合目、白桜と天蠍と名乗る男の試合。

 初手は様子見を行うことを決意する白桜。

 試合開始の合図が告げられるも、その場から動かず相手の出方を伺う。

 対する天蠍は、相手の作戦などお構いなし。

 鼻歌交じりに歩を前へと進める。

 胸が締め付けられたように呼吸をするのが苦しくなる白桜。

 相手の動きに合わせてカウンターを仕掛けようとするも、気が付けば彼は宙を舞っていた。

 畳に背が付いたと同時に、全てを理解する白桜。

 天蠍の姿が無数の線となり、視界から消えるや否や、己の左足が刈り取られていたのだと。

 反応すら出来ない動きによって、天を見上げる形で優しく倒された白桜。

 顔を覗き込む天蠍は、満面の笑みで挨拶をする。


おつかれさま~♡」


「う、うそでしょ……」


「次は俺だぁっ!! ここからが本番だぞっ!!」


「BAHAHA~!! ならば次は~~~……俺だなぁ!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 高校生ランク2位「黒城龍寺こくじょうりゅうじ

      VS

 高校生ランク?位「刃狼剣山じんろうけんざん

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……開始はじめ!!」


 3試合目。

 黒城と刃狼と名乗る大男の試合。

 野獣のような雄叫びを上げると、短期決戦を仕掛ける黒城。

 彼が現在使える技の中で、最高火力の技を繰り出そうとする。

 天より落ちる雷を身に纏い、落雷の如き速さで突進しながら繰り出される大外刈り。

 その雷に触れる敵は、体の自由を奪われ回避することが不可能となる。

 No.93―――


覇光雷轟はこうらいごうっ!! ……っ!?」


 轟音が武道館全体に響き渡る。

 離れた間合いから一気に距離を詰め、両手で相手の道着を握りしめると、渾身の大外刈りを繰り出した黒城。

 彼の代名詞とも呼ばれるこの技で、多くの強敵を薙ぎ払ってきた。

 例え高校最強の赤神でも、この技を防ぐことは容易でない。

 ましてや耐える事など不可能に近いのである。

 ……!!

 

「BAHAHA……効かんかゆいなぁ~効かんかゆいなぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


(おいおいおい!? 並みの大人だったら吹き飛ばせるんだぞっ!? ……コイツ、山みてぇにビクともしねぇ……!?」


「UUUUUUU……HAAAAAAA……!! BAAAAAAAAAAAっ!!」


 大外刈りを真正面から受け止めた刃狼。

 右足に掛けられている足を力ずくで後方へと刈り取り、で黒城を畳へと押し倒していく。


「ぐぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


「BAHAHAっ!! オイオイオイっ!? 歯ごたえが無さすぎるぞぉ~~~~!! 四龍の実力はこんなものかぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


「……後は貴様だけだな赤神」


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 高校生ランク1位「赤神龍馬あかがみりょうま

      VS

 高校生ランク?位「獅子皇星爾ししおうせいじ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


開始はじめぇ!!」


 4試合目、赤神と銀髪の男との試合。

 目の前の相手が、想像を遥かに超える敵だと認識を改める、高校最強の男。

 組手で優位を取り、自分のペースに持ち込もうとする彼は、試合開始と同時に一気に距離を詰めていく。

 灼熱の業火を身に纏い、両椀を突き出していく赤神。

 骨すら塵と化す炎を浴びるも、銀髪の男は涼しい顔で待ち構えている。


「……我の名は獅子皇星爾ししおうせいじ……この世界を粉砕ぶっこわす男の名だ……よく覚えておくがいいっ!!」


「ぐぅ……!?」


 迫りくる火の粉を右手で払いのけた獅子皇。

 がら空きの横襟と左手の中裾を握ると、業火を断ち切る背負い投げで、赤神を畳へと投げ飛ばしていく。

 4人続けての1本勝ち。

 合計の試合時間は僅か11秒……

 高校トップクラスの実力を有する男達は、突如現れた集団に、完膚なきまでに叩きのめされた。

 今日この日を境に、柔道界は大きく揺れ動くことになるとは、この時誰も知る由もなかった……

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