ファンタジー柔道『ヤワラミチ』

@komadaaaaaaa

青桐龍夜編

第1話 キミに捧げる誓いの言葉

開始はじめっ!!」


「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「こぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!


 熱気が最高潮を迎えようとしている日本武道館で、1人の少年が2階の客席から目を輝かせている。

 叔父に連れられてやって来た少年は、息をするのを忘れる程、熱中して観戦しているのだった。


凄い凄いパないパないっ!! ……あ~惜しいっ!!」


つばさは元気だなぁ~……俺、お前の休日出勤おもりでキツイんだけど」


青山あおやまのおっちゃんはまだ若いでしょっ!? このくらいで疲労困憊へばらないでよっ!!」


見物人パンピーの罵声を聞いてると余計に疲れてくるんだよ……ん~……? 蒼海大学そうかいだいがく付属高等学院の試合を見てんのか」


「そうそう!! 青桐あおぎりお兄ちゃんの試合を見たいんだよっ!!」


「……青桐あおぎり……龍夜りゅうやだったか? お前アイツのファンなのかよ。有名選手のねぇ~……んだよ情緒的ミーハーかよ」


「違うもん!! すっげぇ~熱心なファンだもん!! サインだって貰ってんだぞ!!」


「んー……」


「ん~? ……あぁ!? もう始まってんじゃん!! おっちゃんのバカっ!!」


ー-----------------------------------


「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「一本ッッッ!!」


 背を相手に向け、左手である引き手一本で投げ飛ばす豪快な技。

 得意の一本背負いで相手を投げ飛ばし、敵を畳に叩きつける青髪の青年。

 彼に下された判定は、疑問の余地が入り込むことのない一本勝ち。

 歓声が沸く中、一礼し場外へと進む彼を、監督と仲間達が出迎える。


「青桐!! 良い試合運びだったぞ」


感謝あざっす井上いのうえ監督」


「こら龍夜っ!! 勝った時くらい愛想よくしなさいよっ!! 仏頂面過ぎんのよっ!!」


鈴音すずね……説教は今度にしてくれよ。みんなが見てんだぞ」


「お~お~お熱いねぇ~御二人さんよぉ!! 結婚したマリった夫婦かぁ?」


「ふっ……そう言うな。風も喜んでいるぞ」


「……木場きば先輩に花染はなぞめ先輩まで……」


 渋い顔をしながら苦笑いする青桐。

 高校に入学して即座に団体戦のレギュラーを掴み取った期待の新人を、1つ上の先輩でもある木場燈牙きばとうが花染司はなぞめつかさ、更には彼の彼女であり幼馴染でもある夏川鈴音なつかわすずねが祝福している。

 

「……木場、花染!! 次はお前達だ。集中していけよ」


了解うぃ~す!!」


「風の期待に応えよう」


 先鋒の青桐に続く次鋒の木場と中堅の花染。

 2人の頼れる背中と会場全体を見渡す青桐。

 始めてのインターハイに心を躍らせていた彼は、自分の役割を終えると、冷めやらぬ会場の熱気を全身に浴びていたのだった。


ー------------------------------


 全ての日程が滞りなく終わり、飛行機で帰省した青桐たち蒼海大学高等学院の面々。

 博多空港のロビーで手短に挨拶を済ませると、現地解散となった。

 空港から歩いて十数分の場所に住んでいる青桐は、徒歩で帰路に就く。

 電車移動の夏川も一緒について来ており、ちょっとした試合の反省会が行われていた。


「やっぱさ、あそこで小内刈りしたのが悪かったのよ、相手に読まれてたわよ?」


「だろうなぁー……ちょっと攻め方が単調イージー過ぎたわ」


「も~……しっかりしなさいよ。「青龍」って呼ばれるくらい将来を期待されてんだから」

 

「分かってるよ。しっかし……赤神あかがみさんえぐかったな」


「そうねぇ……アレを超えないと一番てっぺんになれないんだからね、頑張りなさいよ」


「……」


「え? 鳥野郎ビビってんの?」


「いや、そうじゃねぇけど……勝てるかどうかわっかんねぇな~って」


「あのさー……ほらっ!!」


「いった!? 何で背中叩いてんだよ!?」


腑抜けてたいもってたから一発気合い入れたのよっ!! ほら元気出た?」


「はいはい元気出た」


「よろしい……ねえ、柔道楽しい?」


「ん? 何だよ急に」


「いや、赤神さんに蹂躙ボコボコにされて柔道嫌いになったかな~って」


「なるわけねぇだろ……俺そんなに精神メンタルへぼくねぇぞ」


「どうかしら……気持ちの切り替え下手じゃない、アンタ。ちょっとは肩の力抜きなさいよね」


「へいへ~い」


「あ……龍夜、先渡ってて。ちょっとハンカチ落としちゃった」


「……? おう、先行ってるぞ」


 ダラダラと話をしながら歩を進めていた2人。

 ちょうど歩行者用信号機が青になり、横断歩道を渡っていた時だ。

 普段愛用している白いハンカチを地面に落としてしまい、慌てて拾いにいく夏川。

 そんな彼女の目にある光景が映りこんできた。

 様子のおかしい10tトラックが、信号機が赤信号にも関わらずコチラへと突っ込んできている。

 運転手は懸命にブレーキを踏んでいるようだったが、車を制御できずにいる。

 よく見れば、トラックの前輪が両方ともパンクしており、鋭く鋭利な金属の塊がタイヤに刺さっていた。

 青桐はこの異変に気が付いていない。


「ちょ、龍夜、危ないっ!!」


「え……っ!? ……鈴音っ!? 鈴音っ!!」


 夏川に突き飛ばされ、道路脇の歩道に尻をつく青桐。

 直後にぐちゃりと背筋が凍る音を立てて、夏川が地面へと受け身も取れずに落下した。

 彼女が手に持っていた白いハンカチは、鮮血で赤く染め上がっていく。


ー---------------------------------


 救急車で博多の中央病院へと搬送された夏川。

 同行していた青桐は、手術室手前の待機所で、オペが終わるのをただじっと待っていた。

 そばには駆けつけた夏川の両親も座っており、口を開く気配を見せない。

 長い長い時間が過ぎた。

 衣服を着替えてコチラに向かって来た執刀医。

 彼は重苦しい表情のまま青桐たちに向かって話し始めた。


手術オペ完璧ぶじに終了しました」


「……っ!! 先生っ!! なつ、鈴音はどうなったんですかっ!?」


「一命は取り留めました。ただ……」


 言葉で伝えるよりも実際に見せた方が早い。

 そう考えた執刀医は、青桐たちを夏川の元へ連れて行く。

 変わり果てた姿しょくぶつじょうたいとなった夏川の元へ。


植物状態あのすがた……生きてはいますが……その、残念ながら彼女は……」


「ちょっと、どういうこと、愛娘うちのこはもう目を覚まさないのっ!? ねぇ!! ねぇ!?」


「お母さん、落ち着いて!! 頼むから……!!」


「彼女のご両親ですか? お話があるので少し良いですか」


 執刀医に連れられて小部屋を出ていく夏川の両親。

 今この場所には、呆然と立ち尽くす青桐と、人工呼吸器を取り付けられ深い眠りにつく夏川の2人しかいない。

 何かの間違いであって欲しい。

 悪い夢であって欲しい。

 顔を背けたくなる無情で残酷な現実が、青桐の目の前に叩きつけられる。


「……い、いつまで寝てんだよ」


「……」


「早く帰ろうぜ……明日、練習があるんだからさ。寝坊したら怒られるぞ?」


「……」


「冗談よしてくれよ……俺、怒るぞ……? 頼むからさ」


「……」


「おい……くそ……!! 俺が……周囲に気を配っていれば……!! ほんと……ぐっ、ふざ、けんなよ……」


「……」


 病室の床へと泣き崩れる青桐。

 抗う事の出来ない運命は、彼を絶望の底へと追いやる。

 彼女とは恋人の関係のまま数年近く共に過ごしてきた。

 いるのが当たり前だった存在が、ある日を境にいなくなった。

 高校1年生の彼にとってそれは、自殺を考えてもおかしくない程の出来事である。

 咽び泣く彼は、彼女と過ごした過去の日々を思い出す。

 共に笑い、涙した、あの日々を―――


『全国大会で一番てっぺんになるのよ。応援するから―――』


「……っ!!」


(……鈴音との約束ちぎり……あぁ、あぁ!! やってやるよ……!! 高校最強の赤神さんをぶん投げて、俺が一番てっぺんになってやる。だから……だから見ていてくれ……鈴音……!!)


 真っ赤になった目を擦り、しわくちゃな顔のまま笑う青桐。

 彼は誓い、奮い立つ。

 最愛の人との約束を果たすため―――

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